服部崇の「新しい短歌をさがして」

【連載】新しい短歌をさがして【10】服部崇


【連載】
新しい短歌をさがして
【10】

服部崇
(「心の花」同人)


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。


晩 鐘 

2022年2月、台北市内にて蔡永興・蔡賴淑美ご夫妻にお会いした際に、お二人が共同で作られた歌集「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021)をいただいた。同歌集の蔡永興による「あとがき」は次のように書き始められている。

開南大学応用日本語学科客員教授の北嶋徹先生に師事した私と妻は、先生から短歌を学んできました。早いものでもう十五年以上経っています。その間に一緒に学んだ人たちと共同で歌集を四冊出しましたが、今回は私と家内との二人のものを出すことにしました。

同歌集の北嶋徹による「序」はとても暖かい。「私は再度お二人の歌を詠み返し、改めてお二人のこれまでの歩んでこられた道のりを思いました。そして心から熱いものがこみあげてきました。」と書いている。

朝行きて夕べ帰れる鳥たちの急ぎて飛ぶは子等を思ふか 蔡永興   

大空に風吹き渡り群雲の競ひ立ちつつ何処へ行かむ   蔡賴淑美

二人の自然詠を一首ずつ引く。蔡永興作は、朝夕に空を飛びゆく鳥たちを見ながら鳥たちは子を思っているのではないかと想像する。こうした着想は自らの子を思うこころのなせる業だと思われる。蔡賴淑美作は、群雲が流れてゆくのを見ながらその行方はどこかと想像する。そこには自らの行く末を思うこころの動きが反映しているように思われる。これら二首はそれぞれ単なる自然詠にとどまらない歌の作りになっている。

本連載の第6回「台湾の「日本語人による短歌」」では孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)を取り上げた。孤蓬万里(呉建堂)は次のように書いている(342‐343頁)。

(前略)われわれ台湾万葉の人びとの短歌の内容を顧みると、読者を退屈させるような、報告・説明・屁理屈・旅行案内・新聞記事・挨拶・修身の教科書のたぐいが多い。すなわち、よくいわれる「ただごとうた」「ああそうですかうた」がまだまだ多い。少しましなもので、名歌の模倣、小細工を弄した語呂合わせ、こじつけたユーモア、浅はかな頓智をひけらかす駄洒落、思わせぶりの強い技巧、飛躍めいた晦渋な内容の類を出でず、新鮮味に欠けるきらいがある。しかし、一般的に素朴純新な傾向のあることは認めてもらえると思う。いずれにしろ読者が引きずりこまれて溜め息をつくような深い感動を含蓄する短歌というのはなかなか作れないものだ。筆者は常に同人たちに「自分独りで酔っている一人よがりの短歌はいけない。他人を酔わせる短歌こそがいいのである」と申している。

孤蓬万里(呉建堂)はすでに他界している。とはいえ、孤蓬万里(呉建堂)が創刊した「台北歌壇」は、「台湾歌壇」に名前を変えてからも、台湾の「日本語人」の作歌活動の中心として、2022年現在まで、脈々と続いている。蔡永興、蔡賴淑美の両名も「台湾歌壇」に名を連ねている。故・孤蓬万里(呉建堂)の叱咤激励を受け、台湾の歌詠みたちは今も日々作歌を続けている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<蔡永興・蔡賴淑美「『晩鐘』に心寄せて」(十首選・服部崇選)>

蔡永興

潤滑油の王国築きし我が友はキリストのもとへ瞬時に移り

午睡してそのまま往生極楽へ人の生命のもろさを思ふ  

鳴き声も苦悶に聞こゆ遠近(をちこち)の暑さに喘ぐ蝉の悲しも   

子の顔を見ずに天国行きし子はおのれの孫を今いかに見る

外つ国で成功せる子に故郷の親は忘られ里に消えゆく   

「晩鐘」の名画の祈りに励まされ泣きて笑ひて今に至れり  

故郷の事業に身投げをするごとく孫は厚遇投げて帰りぬ 

朝行きて夕べ帰れる鳥たちの急ぎて飛ぶは子等を思ふか    

金もなく職も頼れる人もなくされど我らに愛の溢れて   

妻の痛み骨まで沁むる如くして我何ほどのこともできずに  

蔡賴淑美

人生(ひとよ)とははかなきものにあるなりと一心に花生けて後思ふ

大空に風吹き渡り群雲の競ひ立ちつつ何処へ行かむ     

胸に手を組みて今宵も夢の国老いのひとつの楽しみの国 

今日の日も窓辺に来たる小鳥らの高き歌声聞きて始むる   

年老いてひよこに返る身となりて(つま)を頼りの遥かなる旅 

枕辺に靴下吊りて()ねし子の吾等がサンタなりしかの日よ  

見上ぐれば大空気ままに雲流る行く先人の知らざるもよし  

チュッチュッとここもかしこも声止まず小さき木陰は神の楽園

玉蘭の枝から枝へ気のままに渡れる鳥よ我にも羽を   

今日もまた変はらぬ道を行く我ら果ては知らねど変はらぬがよし


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。

Twitter:@TakashiHattori0

挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


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