コンゲツノハイク【各誌の推薦句】

【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2023年1月分】


【読者参加型】
コンゲツノハイクを読む
【2023年1月分】


ご好評いただいている「コンゲツノハイク」、2023年もやります! 今回は13名の方にご投稿いただきました!ご投稿ありがとうございます。(掲載は到着順)


冬銀河燐寸擦る指嗅げば甘し

榮猿丸

「澤」2023年1月号より

指の匂いを嗅ぐ。
子どもの頃からだ。
なぜ嗅ぐのか。
嗅ぐことで安心するからなのか。
この安心は何なのだろうか。
母語に囚われている自分に近い状態か。

風の日の扉


冬日和砥石の水を刃が捲り

延平昌弥

「南風」2023年1月号より

砥石の水を刃が捲り──刃物を研ぐ行為に水を見る観察眼と、押し滑らせる刃に研ぎ汁が襞になる様子を「捲り」と言い果せる言語感覚に衝撃を受けました。一方、季語の冬日和は措辞に比して少し柔らかく響きます。この句は研ぎ師の技術ではなく、人の生活の美を詠んでいるのではないかと感じました。台所か、縁側か、研いでいるのは父か母か或いは、様々な景が想像されますが、この景の解像度は研ぎ手の視座のもたらすものでしょう。研ぎ手の視座を得ることで、読み手は砥石の水を刃が捲る様を眼前にすることができるのです。

土屋幸代/「蒼海」)


ペンキ屋の歌ふヨーデル夏の蝶

中川瑠璃子

「秋」2022年12月号より

近所を歩いていると、きれいな蝶に追い越されたことがあった。ぶらぶらと目的もなく歩いているわたしの頭上をぱたぱたと宅配のお兄さんのように、蝶は飛んでいった。そんな或る日の出来事を思い出させる力が、この一句にはある。さて、ペンキ屋の歌ふヨーデル。これだけでも面白い。ヨーデルというと白いアルプスの山々を思い浮かべる。ところが、季語は夏の蝶。意外な結末に衝撃を受ける。これから先、わたしは蝶を見るたびに、この一句を思い出すかも知れない。俳句の魔力を感じている。

高瀬昌久


眠られぬ夜や月光に砂の音

奥坂まや

「鷹」2023年1月号より

「ひらひらと月光降りぬ貝割菜」という茅舎の句があるが、「月光に砂の音」という感覚はあまりにも独特な感覚で恐れ入ったと言わざるを得ない。月光がまるで終わりのない砂時計ように絶えず降りそそぎ、その落ち切ることのない砂が夜すがら頭の中をめぐっているのだろうか。現代の精神世界とも言える鬱屈さと抒情性が独特な感性と共に、読者に訴えかけてくる一句として仕上がっているのではなかろうか。

北杜駿/「森の座」)


うそ寒や化粧落としてかほ残る

宮本素子

「鷹」2023年1月号より

最近若い女性の顔が皆同じに見えてしまう。AKBも乃木坂もメンバーの見分けが全く付かない。街行く若い女性の顔もマスクのため見えるのは大きな目と太い眉だけで見分けがつかない。なにも私の老化現象のみならず画一化された化粧のせいもあるのでは。化粧を落としたときに残る顔が本当の「かほ」。掲句はすっぴんのその顔に「うそ寒」さを感じたのだろうか。

化粧を落としてみたら何も残らずのっぺらぼうだったら…。それこそピンクフロイドの「ザ・ウォール」を彷彿させる背筋がゾクッとする「うそ寒」い話だ。

種谷良二/「櫟」)


一房の葡萄に種のある安堵

東 祥子

「閏」2022年12・1月号より

しっかり落ち着いて読み終わる「安堵」の音が良い。種なし葡萄にも種の残っている粒を見つけることはあるが、「一房」なので、この句の葡萄は種のある品種だろう。種あり葡萄は、甘さの中にある異物感や、みずみずしさに混ざる硬い感触、種を出す手間など、実のおいしさを味わう以外の感覚がある。それは種あり葡萄にまつわる記憶を呼び起こす。種なし葡萄の方はまだ歴史が浅い。食べやすくおいしい今主流の葡萄を、ただ喜ぶわけにはいかない。種のある葡萄に慣れ親しんできた身なのだから。今だからこそ得る安堵感に、この句を読んで気づかされた。

弦石マキ/「蒼海」)


両手にホース防火訓練時雨来る

宮﨑賢治

「ふよう」2022年12月号より

きょうは防火訓練だ
やったことないけど やってみる
両手にホース放水だ

それを空の上からみていたよ
雲の上からみていたよ
それにしても下手くそや
へんな雨降らしとる
人間に手本をみせてやらねばな
雨の神様時をえて
雨の降らし方教室始めたよ
それくらいの火なんかは
これくらいで消えるんぞ
ほれほれほいのこの通り!

おやまぁ防火訓練中なのに
雨の神様なんと時雨を降らすとは
ちょっともタイムリーな雨じゃないよ>_<

月湖/「里」)


飯事の父役は猫小六月

佐野瑞季

「雲の峰」2022年12月号より

ままごとは、女の子の遊び。父の役を猫にやらせているのは面白い。この子供の父親像とは猫なのか。
猫は一般に騒がず、寝たいときに寝て、勝手気ままに暮らしているように見える。飯事をしている少女がそこまで考えて父親に重ねているとは思わないが、読み手の心を刺激する。現代の若いパパさんには少ないタイプかもしれないが、普段あまり語らない父親なのだろうか、人の話を聞いているのかいないのか、黙っている。その父の周りでいろいろな話をしているお母さん。その真似をしている少女を思った。猫に向かって、~~ですね、どうしたんでしょうね、そんなことではだめですよ、などなどとおしゃべりをしているのかもしれない。

フォーサー涼夏/「田」)


空港に母の栗飯まだ温き

中野こと子

「鷹」2023年1月号より

帰省から帰るときに、母から手作りの栗飯を持たされた景。空港に着いて、鞄越しに栗飯のタッパーを触ってみると、まだ温かい。空港という整然とした場所が、栗飯の温かさを引き立てている。栗飯は作るのに手間がかかる。子に持たせるために作ったであろう、母の気持ちを感じる。空港によって母と子の住む場所が離れていることを連想させるのも上手い。母の栗飯は機内持ち込み。家に着いたらすぐ食べようか、友達や恋人にもお裾分けしようかと考えている時間もまた楽しい。

千野千佳/「蒼海」)



身に入むや引揚船の一覧表

山田由美子

「濃美」2023年1月号より

「岸壁の母」という歌でも有名となった、舞鶴港。シベリア抑留を題材とした映画「ラーゲより愛をこめて」では、シベリア抑留からの復員兵を乗せた引揚船が着く度に再会を願い続け迎えに行く姿が描かれている。引揚は敗戦の直後から、昭和33年の末の援護局閉局まで続いたという。映画の中で妻への遺書を口答で伝えに来る、この映画の見せ場。ピンポイントで昭和33年1月15日の成人の日が描かれている。こうしたこともあり、この句に注目した。舞鶴港へ入港した引揚船は32隻。終戦後、10年以上経っても、多くの抑留者たちがダモイ(帰国)を待侘びながら極寒の地での強制労働に従事していた史実を忘れてはならない。

野島正則/「青垣」・「平」)


こころまだ稿にありけり水羊羹

福田健太

「蒼海」18号より

落ち着いた詠みぶりで古風な雰囲気が漂う。目の前に水羊羹があり、食しているのだろう。しかしその人の「こころ」は水羊羹には向いていない。さっきまで取り組んでいた「稿」に囚われたままだ。心ここにあらずの状態の中で「水羊羹」の印象がはっきりと刻まれる。仕事でも家事でも遊びでも、そう上手く切り替えが出来る人ばかりではない。心血を注いで取り組んでいる「稿」であれば尚の事だ。真剣に「稿」と向き合う姿勢。そして「水羊羹」の奥ゆかしさにはっとさせられた一句であった。

笠原小百合/「田」)


干柿のなかのくぴくぴ吸ふところ

高橋真美

「秋草」2023年1月号より

手製の干柿ではなく、「あんぽ柿」だろう。干柿の中をジュレ状にするには、皮を剥き、寒風に当て、天日にさらし、遠赤外線で水分が50%になるまで調整する必要があるらしい。手間が掛かる上に賞味期限は短く、なかなかの高級品のようだが、作者はこの干柿を無邪気にくぴくぴ吸っているのだ。お歳暮で毎年届いたりしているのだろうか。それとも毎年のお楽しみのお取り寄せか。なんてうらやましいのだろう。そして、食べ物は美味しそうに詠むという鉄則を、なんとも可愛らしくやってのけているのがさらにうらやましい。

藤色葉菜/「秋」)


思ひ出すことども桃の皮薄し

ゆめにこか

「田」2023年1月号より

すぐに千切れる桃の皮。湯剥きをすれば上手くゆくらしいのですが、やったことはありません。掲句の語り手は根気よく指で剥いているのでしょうか。柔らかい果肉の感触と膨らむ芳香の中で、遠い記憶が呼び起こされ、時間が密になってゆく。しかしそれらの記憶もすぐに千切れて、断片となって消えてゆく、などと想像しました。確かな重量感がありながらデリケートな過去の記憶。それが「桃」と重ねられています。「桃」を対象としてとらえるだけでなく、主客が相互浸透するところまで本情に迫った佳句だと感じました。

加能雅臣/「河」)



→「コンゲツノハイク」2022年12月分をもっと読む(画像をクリック)


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