神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第74回】木暮陶句郎

銀漢亭の想い出

木暮陶句郎
(「ひろそ火」主宰・「ホトトギス」同人)

私が伊藤伊那男さんとはじめてお目にかかったのは今から十年近く前。本阿弥書店「俳壇」の企画で、主宰になったばかりの俳人を集めて開かれた句会だった。その名も「白熱句会」。神楽坂を吟行ののち、とある料亭でその句会は開かれた。その場は熱気にあふれ緊張感の中で大いに盛り上がった。その時のメンバーが井上弘美さん、水内慶太さん、伊藤伊那男さん、檜山哲彦さん、小山徳夫さん、藤田直子さん、ゲストに女優の冨士真奈美さんと私木暮陶句郎だった。

参加者は皆句会の余韻に浸りつつ二次会の居酒屋へ。そこでこのメンバーで句会をやらないか、という話になり場所は伊那男さんが経営する「銀漢亭」に決まったのである。年四回銀漢亭で白熱句会が行われ銀漢亭とのご縁がつながった次第である。

それからというもの銀漢亭の雰囲気に惹かれ、ことあるごとにそこを訪れた。半蔵門線神保町駅の階段を上がり銀漢亭を探すのだが何時も道に迷った。記憶を辿りながらやっとたどり着くと顔見知りの俳人でごった返している。角川の新年会や句集出版記念会の流れで皆銀漢亭に押し寄せるのである。細長い店内で立ち飲みスタイルの銀漢亭は何時も満員電車のような状態だった。またそれがなんとも心地よかったのである。

ある日、何かの流れで銀漢亭に行くと80年代のディスコミュージックが大音響で流れていた。照明も点滅しミラーボールさながら。芋洗いのような状態で皆が踊り狂っていた。私は学生時代にタイムスリップしたようで楽しくなってその渦に合流。昔ならしたディスコダンスのステップを踏んだ。すると周りが少しずつ空いてきて、私は調子に乗って益々大きな動きで踊りまくった。すぐさま汗が噴き出しワイシャツはびしょびしょ。ついに上半身裸になり自慢の細マッチョを披露してしまったのだ。その後もひたすら踊りまくり酒を飲み正体不明になったのはご想像の通りである。

(2011年撮影=写真左が木暮陶句郎さん。順に天野小石さん、竹内宗一郎さん、阿部静雄さん)

何時も店に訪れる皆を楽しませる企画を考えていた伊那男さんは「俳」の心を持った人である。俳という字の意味はさまざまあるが俳人として私が一番好きな俳の意味は「面白いことをして唄い踊り、神や人間を楽しませること」である。伊那男さんは銀漢亭を通してその意味を体現した人なのだ。

伊那男さんが俳人協会賞に輝いたとき、お店で使ってもらおうと陶句郎作の小鉢をいくつか進呈した。私が店に行くと必ずその小鉢を使って料理を出してくれた。伊那男さんの細かい心づかいと料理の腕前には何時も感激した。その銀漢亭がコロナ禍の影響で閉店したと聞いて本当に哀しかった。が、伊那男さんの中では俳句に専念するためそろそろ潮時と、閉店の時期を計っていたということをあとで知った。それならば納得の店仕舞いである。コロナ禍というタイミングも、「もう十分に楽しませてもらったよ」と神様が伊那男さんに囁いたような気がしてならない。


【執筆者プロフィール】
木暮陶句郎(こぐれ・とうくろう)
昭和36年群馬県生まれ。「ひろそ火」主宰・「ホトトギス」同人。日本伝統俳句協会賞・花鳥諷詠賞・村上鬼城賞などを受賞。句集に『陶然』『陶冶』。群馬県俳句作家協会副会長・日本伝統俳句協会会員・俳人協会会員・日本文芸家協会会員。



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