神保町に銀漢亭があったころ【第93回】井上弘美

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白熱の場

井上弘美(「汀」主宰・「泉」同人

俳句総合誌「俳壇」が、「白熱句会in神楽坂」と銘打って句会を企画したのは2011年の夏だった。当時、俳誌を創刊あるいは代表になったばかりの伊藤伊那男、木暮陶句郎、小山徳夫、檜山哲彦、藤田直子、水内慶太の各氏、そして私の7人に声が掛かって、一日吟行と句会を楽しんだのだった。

その熱気が冷めないまま、誰が提案するともなく「白熱句会」を継続することになった。場所は「銀漢亭」で年4回、とたちまち決まった。いつからか、佐怒賀正美さんが加わって8名となり、銀漢亭が閉じられるまで8年も続いた。今思うと句会が続いたのは「銀漢亭」だったからで、そこに行けば必ず迎えてくれる伊那男さんの笑顔と料理、そして銀漢亭のもつ混沌としたエネルギーが、白熱の場を創り出してくれていたからだと気がつく。

この句会の様子は佐怒賀正美さんも書いているが、10句投句、10句選で、全く遠慮することなく対等に作品を評価し、意見を述べ合った。厨房で包丁を使っている伊那男さんが「伊那男」と名乗ったり、「ねえねえ、伊那男さんこの句どこが良かったの」などと大きな声で話し掛けたりして、あんな愉快な句会は無かった。超結社であることを踏まえつつも、例えば、助詞ひとつに拘って妥協することなく語り合うことが出来たのは、「銀漢亭」という空間のもつ風通しの良さがあったからだ。

句会が一段落つく頃を見計らって「これが旨いんだよ、食べてみて」と出される料理はいつも絶品で、私たちに食べさせるために食材から下拵えまで心が籠もっていた。伊那男さんは、その日の料理について少しだけ語る。その語りが絶妙で、料理がいっそう美味しくなる。そうすると、私たちは和やかに料理を味わいつつ、「銀漢亭」という白熱の場があることに心から感謝する思いになる。

銀漢亭が無くなったことで、私たちの白熱句会も終わった。もし復活したとしても、「銀漢亭」時代とは別のものだ。それほどに「銀漢亭」での句会はかけがえのないものだった。

伊那男さんの京風「粕汁」、は格別美味しかった。ちょっと泣けてくるくらい懐しい。ありがとうございました。銀漢亭がもたらしてくれた全てに心から感謝しています。

多くの俳人に愛された銀漢亭が、伝説の酒亭として長く語り継がれ、生き続けることを祈っています。


【執筆者プロフィール】
井上弘美(いのうえ・ひろみ)
1953年京都市生まれ。関戸靖子、綾部仁喜に師事。「」創刊主宰。「」同人。(社)俳人協会評議員。朝日新聞京都俳壇選者。武蔵野大学特任教授。
句集に『あをぞら』(第二十六回俳人協会新人賞)・『』・『2013俳句日記 顔見世』他。著書に『季語になった京都千年の歳事』『読む力』他。



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