神保町に銀漢亭があったころ

【銀漢亭スピンオフ企画】ホヤケン/田中泥炭【特別寄稿】


ホヤケン

田中泥炭


 東京に“銀漢亭”という俳句酒場があるらしい…俳句を始めて数年後、そんな噂を耳にした。以来、銀漢亭はどんな場所なのか…毎晩、東京の俳人達が俳句の奥儀を廻し合っているのか…地方都市にそんな日常はない!行きたい!!…等と勝手に銀漢亭を想望していたが、令和2年に銀漢亭が閉店。筆者は銀漢亭未踏俳人に終ったのである。その後、「神保町に銀漢亭があったころ」が連載開始。銀漢亭の俳壇的華やかさに驚愕する一方、行場を失った憧憬が齎す対抗心であろうか、松山にも紹介すべき俳句酒場がある!との想いが膨らんだ。それが居酒屋「ホヤケン」である。

ホヤケンの店内〈1〉

 ホヤケンは俳人夫婦が経営する居酒屋“兼”古本屋。俳句甲子園全国大会の初日会場でもある大街道商店街から30m程東にある。外観は古き良き昭和レトロ、露天に並ぶ古本箱が目印だ。暖簾を潜ると9席程度のカウンターがあり、壁面には店主厳選の古本がずらり。基本的に少人数の店だが、店奥には8名程度が座れる半個室もある。

 食事は酒の肴を中心とし、“定番”と“季節物”。どれも素朴で旨いが、個人的には紙とんかつや温玉納豆、空腹なら小鉢カレーをお勧めしたい。ビール系はクラフト生に加え地物・外国産の瓶ビール。日本酒は地酒含めてレア物が揃い、その他にも焼酎、洋酒等々…守備範囲は広い。

ホヤケンの店内〈2〉

 調理を主に担当するのは暮井戸(ぼいど)。自由律俳句の結社に所属している。地元行政との連携活動 “俳句BAR”の一環として、希望者に無料で俳号をプレゼントするのも彼の役割。筆者の俳号“泥炭”も暮井戸作だ。幅広い知識に裏打ちされた素晴らしい命名センスの持ち主…と筆者は思う。時折聞こえてくる「なんで私だけ…」という声も、良い酒の肴だ。

ホヤケンの店内〈3〉 昭和97年…?!

 飲物は主に時計子(とけこ)の担当。埼玉県狭山市出身の彼女が煎れる“狭山茶”は絶品なので、酔覚ましが必要な方には是非お勧めしたい(冷茶も可)。時計子は毎月「ハイミー句会」を開催しており、筆者も作句開始当初より世話になっている。変な言い方で恐縮だが、筆者の放言失言(主に句会)でも、カウンター満席時の迷惑な独り読書(古本)でも…全く居心地が良いのは、彼女の自然な気遣いのおかげである。

 そんな居心地居酒屋ホヤケンを、ある意味唯一の所属先とする筆者だが、結社に関しては作句開始以来無所属できた。単純に自身の気質や生活状況に“沿う”事を最優先した結果であり、無所属なりの利点も感じたが、“無所属+地方”という属性には欠点も。それは“肉声の不足”である。紙面ではなく対面でこそ伝播する熱量、停滞を打破する為の必須栄養素…Zoomも夏雲システムもない当時、筆者が銀漢亭に憧憬した“それ”を与えてくれたのもホヤケン。そこに集う俳人達であった。

店舗外観

 ホヤケンは筆者の俳句的僥倖である。そして銀漢亭も誰かの“それであった”し、また“そうなり得た”はずだ。銀漢亭の喪失が与える痛みは、銀漢亭を知る俳人よりも、銀漢亭を知らない俳人達にこそ重く響くのかもしれない。身近に俳句的磁力に溢れる場所がある。その尊さと幸福を筆者は噛締めている。だから全国の諸俳人方々(未成年を除く)、来松時には是非ホヤケンを覗いて欲しい。記事見て来たけど俳人いねーじゃねえか!(怒)という場合は店主経由で筆者を呼び出して頂いて差し支えない。本文責として善処する。

 最後に。筆者と同じくホヤケンに集う俳人、『らん』同人の岡田一実さん、そして『100年俳句計画』編集長キム・チャンヒさんにも短文をお寄せ頂いた。我々三人の言葉が皆様をホヤケンに誘う磁力となれば幸いである。

岡田一実より

ホヤケンは卵焼きが旨い。明るく、ムラのない、美しい黄色の卵焼きは、ジューシーで、懐かしいのに新しいような感覚を溢れさせる。ホヤケンは、懐かしいのに新しい。親しみやすく、気取りがなく、温かいユーモアのある雰囲気が満ちる。時計子さんの気遣いある気さくさには華やぎがあり、知的で率直で優しく、いつまでもお話をしていたい気分になる。暮井戸さんも穏やかだが、たまに目の奥がキラリと鋭く光る。新しいと感じさせるのは、お二人の知性が非凡だからだろう。美味しい酒と料理に加え、そこが愛されて、さまざまな個性的なお客さんが集う。客同士の一期一会のコミュニケーションがお互いを尊重するような雰囲気で保たれているのも、お二人のさりげない配慮が差し挟まれるからだ。ホヤケンの卵焼きが食べたい。そして、ゆっくりとお二人のお話を聞きたい。

キム・チャンヒより

福岡の俳人の理酔さんが松山に来た際、「泊まってるホテルの前に、店主が自由律俳句をやっていて、面白い居酒屋があるから行ってみな」と言われ、その店の名刺を渡された。半年ほどほったらかしていたら、理酔さんから「まだ行ってないのか……」と罵られ、暖簾をくぐったのがホヤケンだった。想像していたのとは違って気さくな雰囲気のお店で、店主の暮井戸さんと時計子さん夫婦ともすぐに親しくなった。ご夫妻の句会に参加したり、月刊誌『100年俳句計画』の「ビートルズ句会」の選句、松山市と共に企画した「俳句BAR」にもご協力いただいた。ご夫妻とのお話はもちろん、ホヤケンに集まる方々もとても魅力的。ご夫妻をはじめ、ホヤケンでの出会いに感謝している。

門屋夫妻

【店舗情報】
○住所 愛媛県松山市三番町2丁目5-17
○営業時間 月~土  18:00 – 23:00
 (日曜定休 ただし連休は最終日を休業)
*コロナ感染拡大防止の為、営業時間短縮や休日を変更する場合があります。
○問い合わせ先 090-9250-1839
        hoyaken@sgr.e-catv.ne.jp
○ホームページ https://hoyaken.wixsite.com/hoyaken


【執筆者プロフィール】
田中泥炭(たなか・ぴーと)
昭和56年山口県長門市にて出生。その後愛媛県松山市に育つ。平成26年より作句を開始。第1回G氏賞、第6回芝不器男俳句新人賞を受賞。

筆者がホヤケンで購入した古本

【神保町に銀漢亭があったころリターンズ・バックナンバー】

【15】上野犀行(「田」)「誰も知らない私のことも」
【14】野村茶鳥(屋根裏バル鱗kokera店主)「そこはとんでもなく煌びやかな社交場だった」
【13】久留島元(関西現代俳句協会青年部長)「麒麟さんと」
【12】飛鳥蘭(「銀漢」同人)「私と神保町ーそして銀漢亭」
【11】吉田林檎(「知音」同人)「銀漢亭なう!」
【10】辻本芙紗(「銀漢」同人)「短冊」
【9】小田島渚(「銀漢」「小熊座」同人)「いや重け吉事」
【8】金井硯児(「銀漢」同人)「心の中の書」
【7】中島凌雲(「銀漢」同人)「早仕舞い」
【6】宇志やまと(「銀漢」同人)「伊那男という名前」
【5】坂口晴子(「銀漢」同人)「大人の遊び・長崎から」
【4】津田卓(「銀漢」同人・「雛句会」幹事)「雛句会は永遠に」
【3】武田花果(「銀漢」「春耕」同人)「梶の葉句会のこと」
【2】戸矢一斗(「銀漢」同人)「「銀漢亭日録」のこと」
【1】高部務(作家)「酔いどれの受け皿だった銀漢亭」



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