広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅

俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第26回】小豆島と尾崎放哉


【第26回】
小豆島と尾崎放哉

広渡敬雄(「沖」「塔の会」)


小豆島は香川県に属し、瀬戸内海では淡路島についで二番目に大きな島。最高峰は星ヶ城山(817メートル)で、奇岩絶壁の寒霞渓や銚子渓は新緑、紅葉で名高い。

瀬戸内海型気候で温暖少雨のため、オリーブ栽培、天日乾燥の手延素麺作りが盛んで、四百年の歴史を有する醤油造りは、近代産業遺産にも認定されている。

二十四の瞳・島の文教場(小豆島観光協会)

島内のみの八十八ケ所霊場を巡る「島四国」の遍路道は、全行程150キロにも及び、当島出身の壺井榮の小説「二十四の瞳」とその映画―高峰秀子の大石先生と十二名の教え子との戦前、終戦翌年迄の激動期の交流を描くーで小豆島は全国的に有名となり、南東の岬に分教場が今も残る。

尾崎放哉は、大正14(1925)年8月に来島し、西光寺奥の院・南郷(みなんご)(あん)で翌年4月7日、41歳で没した。師荻原井泉水から小豆島行きを勧められ、〈(あす)からは(きん)酒の酒がこぼれる〉の送別の句を拝して京都を離れ、僅か8ヶ月後であった。吉村昭の小説『海も暮れきる』はその八ヶ月を精緻に描き、村上護の『放哉評伝』にも詳しい。

ちなみに同じ「層雲」所属で、自由律俳句の双璧の種田山頭火は、その三日後、熊本で一鉢一笠の放浪に旅立つ。

春の山のうしろから烟が出だした  尾崎放哉

蛙つぶやく輪塔大空放哉居士     水原秋櫻子

裏も見過し放哉の墓さみだるる   松崎鉄之介

風絶ゆるなくオリーブの匂ふかな   清崎敏郎

葉牡丹の長けて塔なす島札所     池上樵人

オルガンに遅日の埃積りしを(分教場) 伊藤柏翠

燕低し海にかぶさる醤油蔵     広渡敬雄

「春の山」の句は放哉の辞世とされ、意識朦朧とした中で、自身の屍を焼く煙に思いを馳せたのかも知れない。「絶唱とも言われる何とも象徴的な句。人間の営み(生)であれ、荼毘の煙(死)であれ、煙は内的な風景まで昇華されている」(伊丹三樹彦)との鑑賞もある。

尾崎放哉記念館

放哉は明治18(1885)年、鳥取市生れ、本名は秀雄。父尾崎信三は元鳥取藩士で裁判所書記官であった。

県立鳥取第一中学時代から俳句(「ホトトギス」投句)を始め、上京後の第一高等学校時代、一高俳句会の一年先輩で生涯の師となる荻原井泉水と出会う。東京帝国大学法科大学卒業後東洋生命保険や朝鮮火災海上保険に就職するも、極度の酒癖の悪さが影響し、退職を余儀なくされた。

生命保険会社勤務時代の大正4(1915)年頃から井泉水主宰の自由律俳句「層雲」に出句し、徐々に山頭火等と同誌を代表する俳人として注目されるようになった。

酒乱と人への蔑みは21歳の頃、従妹の沢芳衛へ求婚するも、医学部出身の彼女の兄から「血族結婚」との医学上の見地から反対されて破談となったことが原因とされるが、先天的なアルコール障害だとも言われる。

寒霞渓(小豆島観光協会)

朝鮮火災海上を罷免される大正12(1923)年前後から欠詠がちだった「層雲」への投句を再開、38歳であった。満州での再起も果たせず、肋膜炎悪化での入院し、妻馨にも愛想をつかされて別居となった。

世俗を離れての作句活動を求め、京都左京区鹿ヶ谷の西田天香の一燈園、知恩院塔頭常称院、須磨寺大師堂、福井県小浜の常高寺と短期間で転々とする。最後は暖かな海の見える庵主を希望し、師井泉水の勧めで、「層雲」会員の資産家井上一二や西光寺住職杉本宥玄を頼って小豆島に渡る(実際は両人の事前の同意はなく、文字通り押しかけ)。

流転の境遇が深まるにつれ、句境は高まり、殊に南郷庵での「独居無言」の七ヶ月間の作品は、自由律俳句の最高峰との評価が高い。癒着性肋膜炎から来る肺の衰弱、ついに湿性咽喉カタルとなり、最期は隣家の漁師の妻南堀シゲの看病のもと四月七日午後八時頃逝去。大阪から駆け付けた妻馨は、僅かに臨終に間に合わず、翌日、井泉水、妻、姉等で西光寺に埋葬された。戒名は「大空(たいくう)放哉居士」、唯一の句集として、同年六月井泉水編の『大空』が刊行された。

「残っている書簡だけでも四二〇通を越え、長文の書簡の中で自らの俳句を語り、書簡文学をなしている。小豆島・南郷庵での暮しは、死に至るまで身を削り命懸けで作品の純度を高めた七ヶ月であった」(村上護)。

「放哉は最後の二年間でその言葉が輝いた。それを可能にしたのは、俳句の最も伝統的な技法である取り合わせである。自由律俳句は反伝統的とみなされがちだが、放哉のイメージは極めて伝統的技法がもたらした」(坪内稔典)、

「放哉と同じ結核患者だったという親密感から、放哉の孤独な息づかいが私を激しく動かした」(吉村昭)、「誰れだって生活が破綻すれば、放哉のように自暴自棄になっても不思議ではない。放哉の吐露する孤独は自覚しようがしまいが万人の胸底にある」(前田霧人)等々の評価がある。

小豆島醤油蔵通り(小豆島観光協会)

たった一人になり切って夕空

こんなよい月を一人で見て寝る

犬よちぎれるほど尾をふつてくれる

すばらしい乳房だ蚊が居る

障子あけて置く海も暮れきる

ふと顔を見合わせて妻と居つた

入れものが無い両手で受ける 

死にもしないで風邪ひいてゐる 

咳をしても一人

足のうら洗へば白くなる   

海が少し見える小さい窓一つもつ 

月夜の葦が折れとる

墓のうらに廻る

バケツ一杯の月光を汲み込んで置く

放哉の句を読むと、これほどまで命を懸けて死の淵までに自身を追い込み、心身とも劣悪な状況に置いて、真摯に精進しなければ純化された「詩」は生まれないのかとの怖れすら感じられる。俳句=詩=宗教と放哉は言う。

放哉と山頭火。自由律俳句の双璧であるふたりだが、旅を続けて句を詠んだ動の山頭火に対し、静の中に無常観と諧謔性そして洒脱味に裏打ちされた偏向的性格の放哉とは極めて対照的である。

        (「青垣」26号より加筆再編成)  

世界一狭い土渕海峡(小豆島観光協会)

【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。俳人協会幹事。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。「沖」蒼芒集同人。「塔の会」幹事。著書に『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店)。


<バックナンバー一覧>

【第25回】沖縄・宮古島と篠原鳳作
【第24回】近江と森澄雄
【第23回】木曾と宇佐美魚目
【第22回】東山と後藤比奈夫
【第21回】玄界灘と伊藤通明

【第20回】遠賀川と野見山朱鳥
【第19回】平泉と有馬朗人
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