俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第21回】玄界灘と伊藤通明

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【第21回】玄界灘と伊藤通明

広渡敬雄(「沖」「塔の会」)


玄界灘は、玄海とも呼ばれ、東は響灘、西は東シナ海、北は日本海に連なる福岡、佐賀両県の北西海域。朝鮮、中国との交通・貿易の重要な航路として、大和朝廷以前からの古い歴史を有する。

志賀島蒙古塚

世界文化遺産の「神宿る島・海の正倉院」と言われる宗像大社奥宮(沖ノ島)の国宝の遺産や博多湾口の志賀島の金印と蒙古塚、大宰府ゆかりの鴻臚館(外交施設)遺跡、遣隋使・遣唐使航路の寄港地等の史実豊かな海域である。大和朝廷時の朝鮮進出、白村江の戦い敗退後の国防の為の防人派遣、その後の蒙古襲来、日露戦争の日本海海戦(対馬海峡)の舞台となった所でもある。

沖ノ島(宗像市観光協会)

海岸は白砂青松の穏やかな箇所もあれば、波浪による糸島半島芥屋の大門の断崖等もあって多様。大陸棚が発達し、対馬海流と黄海等他の水系が合流する世界有数の好漁場で、鰯、鯵、鯖、鯛、鰤、河豚等の漁獲高は国内上位に位置する。

天の川玄界灘へ瀧がかり      伊藤通明

玄海の濤のくらさや雁叫ぶ     杉田久女

玄海の冬浪を大と見て寝ねき    山口誓子

河豚凪といふ玄界の浪の上     福田蓼汀

玄海の濤の今なし蛙鳴く      清崎敏郎

寒風や日矢数本の蒙古塚(志賀島) 有馬朗人

鷹柱立つ元寇の荒岬      千々和恵美子

玄界の飛砂の翳りの月見草      淵脇護

玄海に烽の道や黄沙来る     柴田佐知子

飛魚とんで玄海の紺したたらす  片山由美子

元寇の海にひらりと黒揚羽(対馬) 広渡敬雄

〈天の川〉の句は、平成8年の作で、句集『荒神』に収録。暗黒の空に懸った天の川が玄界灘に瀧の様に降りそそぐと詠みあげる堂々たる叙景句。玄界灘の歴史も織り込み、更に作者の雄渾の志をも表すようである。作者には、限りなく愛着ある産土・福間町の眼前の海であり、その後居住した福岡市に接する玄界灘の佳句が多い。〈玄海を北に置きたる鏡餅)〈玄海の押し黙りゐる日の盛り〉〈志賀海の初潮汲みに女の子〉〈玄海を源として虎落笛〉〈玄海の引くを知らざる冬の浪〉〈荒れてきし玄界灘を恵方とす〉〈玄海の北をはなれぬ稲光〉

芥屋の大門(糸島氏産業振興部 商工観光課)

伊藤通明は、昭和11(1936)年、福岡県宗像郡福間町(現福津市)生れ。西南学院大学在学中に俳句を始め、同37年、同人誌「裸足」を創刊編集する。42年「春燈」に入会、安住敦に師事する。51年、11度目の挑戦で角川俳句賞、翌年に福岡市文学賞受賞。55年、第二句集『白桃』を上梓し、第四回俳人協会新人賞を受賞する。

昭和61(1986)年、「裸足」を「白桃」に改称し主宰となる。句集『西国』『蓬莱』を上梓すると共に、角川俳句賞受賞者の松本ヤチヨ、高千夏子、千々和恵美子、安倍真理子、俳壇賞受賞者の柴田佐知子、朝日俳句新人賞受賞者の高倉和子等の俊英を指導育成した。平成20(2008)年に上梓した第五句集『荒神』で第四十八回俳人協会賞、第九回山本健吉文学賞を受賞し、当世で最も充実した俳人且つ九州俳壇の雄として活躍したが、惜しむらくは、平成27(2015)年逝去。享年七十九歳。句集以外では、編著書『秀句三五〇選 鳥』『秀句三五〇選 海』『久保田万太郎』がある。

「俳句は作者の身の丈と幅を超えることができない。志の高さが俳句の丈である。自分が緩めば俳句も忽ち緩む。俳句がむごいのは、死に物狂いで作り続けても、それがものになるかどうか分からないところだ。が、この物狂いがなくしては、秀作を得ることは出来ぬ」との信念を貫き、自ら実践した。

アカウミガメ生息の福津市勝浦浜海岸(福津市観光協会)

「最短定型詩即ち韻文(抒情詩)の原形である甘さのない俳句本来の姿に立ち返った句風である」(金子兜太)、「対象の核心に迫り、その本質を見通す作者の眼力は鋭く、決してたじろがない」(倉橋羊村)、「豪放磊落に見えつつも実は繊細でストイックで俳句に対し徹底的に謙虚である。師安住敦譲りのこの姿勢こそ、『抒情立志』の潔さと通底する」(野中亮介)、「師と俳句について話すと真剣の前に立っているような瞬間を得ることができた」(柴田佐知子)、「自然を詠いながら、大上段に構えず、何気ない風景を何気ない言葉で表現し、森羅万象の核心に迫る」(林誠司)等々の評がある。

うつむける祭の馬を見たるのみ

どくだみの辺りの暗さいつも同じ

鐘撞いて僧も霞のなかのもの

禁制の火の美しき紅葉狩

桐の花盥に曲がる山の鯉

夕月や脈うつ桃をてのひらに

水鳥の争ふ水の上に立ち

独り出て道眺めゐる盆の父 

征くのみの戦のありし時鳥 

重なりしところの湿り蓬餅 

どくだみの踏みにじられし香なりけり

雄ごころのいまも立志ぞ青芒 

火にのせて枯菊のまた匂ひけり

みづからの力に割れて鏡餅

ももいろをはなれて桃の花雫 

白桃を啜るによよといふ容 

直情を力としたりほととぎす 

明るくて猪罠の鉄の籠 

白魚の水の色して汲まれけり 

青ざめて踏絵のマリア浮き上る

蛍火の遠き一つは観世音

蟻地獄修羅場へ砂のすこしづつ 

盆三日風鈴ひとつ替へしのみ 

鷹の座は断崖にあり天の川 

漁火を西の涯とし夜長し

しばらくは膝にかしこき浴衣の子

蝮まだ目を開けてをり蝮酒 

句集『つむぎうた』にて、本年度俳人協会賞受賞の福岡市在の野中亮介も深く私淑した俳人で、九州男児の心意気・気骨を有する侍として、その志は高く、中央俳壇に対する秘めた闘志を持ち続けた。俳句に対しては、自身にも、門弟にも厳しかったが、「抒情立志」の主張通り、現代の抒情俳人の第一人者としての存在感があった。

 (「青垣」19号加筆再編成)


【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。俳人協会会員。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。2017年7月より「俳壇」にて「日本の樹木」連載中。「沖」蒼芒集同人。「塔の会」幹事。


<バックナンバー一覧>
【第20回】遠賀川と野見山朱鳥
【第19回】平泉と有馬朗人
【第18回】塩竈と佐藤鬼房
【第17回】丹波市(旧氷上郡東芦田)と細見綾子
【第16回】鹿児島県出水と鍵和田秞子
【第15回】能登と飴山實
【第14回】お茶の水と川崎展宏
【第13回】神戸と西東三鬼
【第12回】高千穂と種田山頭火
【第11回】三田と清崎敏郎


【第10回】水無瀬と田中裕明
【第9回】伊勢と八田木枯
【第8回】印南野と永田耕衣
【第7回】大森海岸と大牧広
【第6回】熊野古道と飯島晴子
【第5回】隅田川と富田木歩
【第4回】仙台と芝不器男
【第3回】葛飾と岡本眸
【第2回】大磯鴫立庵と草間時彦
【第1回】吉野と大峯あきら



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