広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅

俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第22回】東山と後藤比奈夫


【第22回】東山と後藤比奈夫

広渡敬雄(「沖」「塔の会」)


東山は京都盆地の東側の、北は比叡山から南は伏見・稲荷山までのなだらかな山並みで、東山三十六峰と言われる。

山麓には八坂神社(祇園社)があり、祇園祭は七月に一ヶ月間行われるその祭礼で、十七日の御輿渡御と二十四日の山鉾巡礼が祭のハイライトである。門前町として鎌倉時代から賑わう祇園には、格式あるお茶屋「一力亭」(大石良雄ゆかり)や祇園甲部歌舞練場(都おどり)等がある。

東山回して鉾を回しけり     後藤比奈夫 

ふとん着て寝たる姿や東山    服部嵐雪

東山静かに羽子の舞ひ落ちぬ   高浜虚子

鉾うごき出す遠景に東山     村山古郷

船鉾の沖の見立ては東山     能村登四郎

朝空も顔見世めくや東山     高橋睦郎

傘鉾のどどと傾く祭かな     阿波野青畝

揺れゆれて鉾来るおのが高さ持し 山口誓子

どよめきのいづくともなく鉾祭  桂 信子

祇園囃子の遠音や旅を悲しまず  鈴木真砂女

鉾の稚児帝のごとく抱かれけり  古舘曹人

ころはよし祇園囃子に誘はれて  後藤立夫

〈鉾を回しけり〉の句は昭和52年の作、第四句集『花匂ひ』に収録。四条河原町の鉾の辻回しの句で、八坂神社に句碑がある。「私は長い間鉾の辻回しを見ていて、音頭取りとなって鉾に乗っている気分になってこの句が生まれた」との自註がある。

「五十年以上前の句ながら、いつまでもぴかぴか光る句、自身の生涯の代表句と話していた」(後藤立夫)、「逆転の発想の名句」(鷹羽狩行)、「東山回してに京都の底力の動きを感じる」(坪内稔典)、「科学的な分度器を置いてそれで回している。写生句だが科学的根拠のある句」(三村純也)、等々の鑑賞がある。

比奈夫の長男で「諷詠」三代目主宰の立夫の句「ころはよし」は辞世句、それに応えて比奈夫は、立夫三七日の前書きで〈戻り来よ祇園囃子が聞ゆるぞ〉と詠み、痛恨の訣れを嘆いた。

後藤比奈夫は、大正6(1917)年、大阪府西成郡今宮村(現西成区)生まれ、本名は日奈夫。父は俳人後藤夜半、叔父に喜多流能楽師後藤得三、宗家を継いだ喜多實がいる。

旧制神戸一中、第一高等学校を経て大阪帝大理学部卒業後入隊、陸軍技術大尉にて終戦。昭和27(1953)年、35歳で、父夜半(「花鳥集」後「諷詠」)につき俳句の道に入り、「ホトトギス」「玉藻」で高濱年尾、星野立子にも師事。同36年ホトトギス同人、同48(1973)年、第一句集『初心』第二句集『金泥』を上梓、同51年、父夜半の逝去に伴い「諷詠」主宰となり、句集『祇園守』『花匂ひ』上梓後、同60年俳句専業となり、日本伝統俳句協会顧問、俳人協会副会長等を歴任。

「俳句は抑情謙虚・哀惜自愛の詩。仕上りは半空間芸術と考える故に文芸性より美術性を大切に」を旨に、戦後のホトトギス系俳人として殊に目立った活躍を見せ、句集『沙羅紅葉』(俳句四季大賞)、『めんない千鳥』(蛇笏賞)、『白寿』(詩歌文学館賞)、他山本健吉賞等を受賞、百歳を超えても意欲的に作句、句集上梓を行い、高齢現役俳人の代表者とされた。

令和2(2020)年6月5日逝去。享年103歳。句集は他に『残日残照』『あんこーる』等々、俳書に『俳句初学作法』『後藤夜半の百句』等がある。「諷詠」は三代目主宰の長男立夫の痛恨の死後、孫の和田華凛が四代目を継承した。

          

「見事な感性の閃きと端正で清潔な語感を如実に示す句が光る」(高柳重信)、「知性と本来の俳句性とが一体となって自在の境地を生み出している」(草間時彦)、「比奈夫俳句は自由さを持っているが、言葉と季語の使い方は厳格、直感的に言葉を把握する能力とその言葉の使い方の正確さ、新鮮さが最大の特徴」(大輪靖宏)、「現役俳人として瑞々しい作品を詠み続け得たのは、長寿社会と言うだけでなく、俳句文芸の齎す恩寵でもあろう」(片山由美子)、「上方の芸とも言える句風で、句に品と艶と華やぎが備わっている。更に「言葉のつなぎ」にも芸があり魅力」(井上弘美)、「父夜半への敬意と思慕の念は終生変らず、夜半イズムを貫き通した」(中谷まもる)、「最晩年の精力的な句集刊行は圧巻で、句集名『白寿』『あんこーる』『喝采』には遊び心が流れている」(山田佳乃)等々の鑑賞がある。

夜はねむい子にアネモネは睡い花

鶴の来るために大空あけて待つ

つくづくと寶はよき字宝舟

人の世をやさしと思ふ花菜漬

蛞蝓といふ字どこやら動き出す

耳うごくときはつきりと狩の犬

昼は子が鵜匠の真似をして遊ぶ

白魚汲みたくさんの目を汲みにけり

東京の人と見てゐる春の虹

指一つにて薄氷の池うごく

おのづから人澄む水の澄める里(東吉野村)

年玉を妻に包まうかと思ふ

ここへ来て佇てば誰しも秋の人

瀧の面をわが魂の駈け上る (箕面の滝)

妻とするめんない千鳥花野みち (妻逝去)

徐々に徐々に初東雲といへる空

白寿まで来て未だ鳴く亀に会はず

亀鳴いたさうな百寿の誕生日

父恋ふ子子を恋ふ父や花に黙

受けてみよ上寿の老の打つ豆ぞ

粽より酸素が好きで百三つ

自由自在の発想は科学的でありながら、大阪人特有の俳諧味に加え滋味に溢れ、言葉の広がりのある俳句が際立つ。上寿を過ぎての現役俳人は古今例を見ず、これからの超高齢化時代の俳人の有り様の見本となる感がする。

後藤比奈夫 染筆「東山」(俳人協会カレンダーより)

(「たかんな」令和三年一月号より転載)  


【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。俳人協会会員。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。2017年7月より「俳壇」にて「日本の樹木」連載中。「沖」蒼芒集同人。「塔の会」幹事。


<バックナンバー一覧>

【第21回】玄界灘と伊藤通明

【第20回】遠賀川と野見山朱鳥
【第19回】平泉と有馬朗人
【第18回】塩竈と佐藤鬼房
【第17回】丹波市(旧氷上郡東芦田)と細見綾子
【第16回】鹿児島県出水と鍵和田秞子
【第15回】能登と飴山實
【第14回】お茶の水と川崎展宏
【第13回】神戸と西東三鬼
【第12回】高千穂と種田山頭火
【第11回】三田と清崎敏郎


【第10回】水無瀬と田中裕明
【第9回】伊勢と八田木枯
【第8回】印南野と永田耕衣
【第7回】大森海岸と大牧広
【第6回】熊野古道と飯島晴子
【第5回】隅田川と富田木歩
【第4回】仙台と芝不器男
【第3回】葛飾と岡本眸
【第2回】大磯鴫立庵と草間時彦
【第1回】吉野と大峯あきら



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