神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第55回】小川洋

哀しいことに。

小川洋(「天為」同人・事業部長)

初めて銀漢亭に行ったのは、もう十数年前、近くの「天為」編集室を訪ねた帰りである。何人かのお客様がいて、皆さんキャッシュオンデリバリーで飲まれているのに、なぜか「天為」はプリペイドシステムみたいになっていて不思議に思ったのを良く覚えている。

当事の対馬康子編集長から今の天野小石編集長の時代に至るまで、「天為」会員で余裕のある人が入金をしてそれをみんなでシェアし、無くなるとまた誰かが入金をすると言う良き伝統が最後まで引き継がれていた。現編集長が一番良くご利用になっていたようだが。

一番の思い出は菊田一平さんも書かれていた東日本大震災の日、淡路町の会社にいた私は夕刻自宅に向かうべく歩き出したが途中に銀漢亭があり、ちょっと様子を見に立ち寄ったところ伊那男さんもお店も変わりなく、ボトルが二、三本倒れただけとの事。その上地震で予約がキャンセルになり、用意した良いお刺身が無駄になっちゃうから飲んでいきなよ、と有難いお言葉。じゃ電車が動くまでとか言って故郷に連絡が付かなくて心配する一平さんも尻目に泥酔してそのうち句会まで始めて巻き込んでしまった。一平さん、あの日はごめんなさい。

そしてあの伝説の湯島句会。OH!句会もだが未だにあれほど熱気のある句会には出た事がない。句会はもちろんだが、伊那男さんの料理の他に参加者の手料理や演芸も本当に楽しませて頂いた。清人さんの鉄板焼きそば、ノブソーさんのお赤飯、そして洋酔さんの手品が三大好物であった。ちょっと痛いスリーディグリーズも。幾らでも俳句が作れたあの頃の自分が懐かしい。

カウンターにロック好きの女史が入るとお気に入りの洋楽を流してくれるのだが彼女らが調理場に入ったりすると伊那男さんが演歌かムード歌謡に変えてしまう。戻った女史が「全くちょっと目を離すともう」とか言っているのがたまらなく可笑しかった。

今も銀漢亭の前を良く通るが哀しいことにシャッターは閉まったままである。

【執筆者プロフィール】
小川洋(おがわ・ひろし)
「天為」同人・事業部長。俳人協会会員。今年こそ句集出します詐欺・前科一犯。



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