連載・よみもの

【#46】大学の猫と留学生


【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と【#46】

大学の猫と留学生
青木亮人(愛媛大学教授)

一時期、大学構内でよく見かける猫がいた。いつ見てものんびりした風で、年中ごろごろしている雰囲気だった。

学生たちに人気らしく、彼らはよく猫の前にしゃがみこんで頭を撫でたり、食べ物をあげたりしていた。頭を撫でられている時の猫は目を閉じてうっとりし、悦に入っている感じだった。

猫は人慣れしており、近付いても微動だにせず、こちらをちらりと見ては「やれやれ」といった感じであくびをしたりする。その姿にどことなく愛嬌があり、学生の人気の的だったのもそういうところにあったのかもしれない。

以前、中国から来た留学生もその猫をよくかまっていた。日本の現代文学を研究したいという女性の留学生で、私が卒論指導の担当になった。

大学に行くと彼女が例の猫の前に座り、頭を撫でたり、鞄から何か取り出して猫に食べ物をやったりするのをよく見かけたものだ。

ある時、卒論について話し合っている際に大学の猫の話題になった。すると、留学生はそれまでと違う柔らかい表情を浮かべ、嬉しそうに猫のことを話し出した。

「猫がお好きなんですね」と聞くと、留学生は少し照れたような表情で「ええ、昔からそうなんです」と応えた。

それから少し雑談になり、彼女は中国での生活や日本に来てからのこと、また趣味や将来の夢などを語った。猫の話も折々出て、「将来、結婚したら家に猫が欲しいですね」と言った。

「どんな猫がいいですか」と聞いてみると、黒かグレーの猫がいいという。何となく惹かれる、というのが理由だった。

なるほど、と私は思い、「それで今日は黒い服を着ているんですね」と聞いてみた。留学生は少し驚いた感じで自分の服を見た後、「本当ですね。でも、これは偶然です」と笑った。

「冗談ですよ」と私も笑いながら言うと、「やっぱり。そんな気がしていました」と茶目っ気のある表情で答えた。留学して以来、初めて見る表情だった。

その留学生は修士論文を無事提出し、中国に帰国した。

それからほどなくして猫が居ついた棟が半年間の改修工事に入った。春から秋にかけての工事で、終了すると棟周辺に猫の姿は見かけなくなった。どこかへ移動したのか、単に見なくなったのかは分からない。

改修工事が済んでから一年ほど経った後、中国の元留学生から便りがあり、結婚したという報せだった。盛大な披露宴を催し、今は幸せに暮らしているという。

その返事に送ったのが下の写真だ。春の夕暮れで、例の猫は思いきりノビをしていた。


【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生まれ。近現代俳句研究、愛媛大学教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』『教養としての俳句』など。


【もう読みましたか? 青木亮人さんの『教養としての俳句』】

俳句は、日本のリベラルアーツだ。

日本の伝統文芸として、数百年ものあいだ連綿と受け継がれてきた俳句。その愛好者は1000万人ともいわれている。にもかかわらず、私たちはその知識をどこでも学んでこなかった。そこで本書では、数々の賞を受けてきた気鋭の評論家が、日本人として最低限おさえておきたい俳句のいろはを解説。そもそも俳句ってどうやって生まれたの? 季語ってなぜ必要なの? どうやって俳句の意味を読みとけばいいの? 知識として俳句を知るための超・入門書。


【「趣味と写真と、ときどき俳句と」バックナンバー】
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>>[#43] 愛媛県歴史文化博物館の歴史展示ゾーン
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>>[#30] 公園の猫たちと竹内栖鳳の「班猫」
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>>[#13-3] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(3)
>>[#13-2] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(2)
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>>[#11] 異国情緒
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>>[#9] アメリカの大学とBeach Boys
>>[#8] 書きものとガムラン
>>[#7] 「何となく」の読書、シャッター
>>[#6] 落語と猫と
>>[#5] 勉強の仕方
>>[#4] 原付の上のサバトラ猫
>>[#3] Sex Pistolsを初めて聴いた時のこと
>>[#2] 猫を撮り始めたことについて
>>[#1] 「木綿のハンカチーフ」を大学授業で扱った時のこと


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