連載・よみもの

【#34】レッド・ツェッペリンとエミール・ゾラの小説


【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と【#34】


レッド・ツェッペリンとエミール・ゾラの小説

青木亮人(愛媛大学准教授)


中高校の頃、よくベッドに寝転がって本を読んでいた。横になって読んだり、仰向けや少し起き上がった姿勢で読んだりしたものだ。

ベッドで本を読む時は必ずといっていいほど音楽を流した。ミニコンポにCDを入れ(ネットがまだ存在しない時代)、それを延々と聴くのがほぼ習慣と化しており、というのもCDを途中で変えるのが面倒だったためだ。結果的にCDアルバムを丸ごと聴くことになり、それもリピート機能で聞き続けることが多かった。

その頃はビートルズやセックス・ピストルズ、レッド・ツェッペリンやディープ・パープルといった1960~70年代のロックを好んでいたこともあり、彼らのアルバムをよく流したものだ。『Revolver』や『Machine Head』、『Led Zeppelin IV』等々を流しながら小説やノンフィクション等を読みふけり、気が向けばCDアルバムを変え、本のページを繰り続けた。

ある時、フランス文学のエミール・ゾラにハマったことがあった。ゾラは自然主義小説の大家とされ、フランス社会の多様な階級の群像を描くという構想の下に長編小説を多数刊行しており(ルーゴン・マッカール叢書と呼ばれる)、ふとしたきっかけで読んでみると面白く、彼のシリーズ作品を読むようになったのだ。『居酒屋』『ナナ』『ジェルミナール』等々、労働者階級のやるせない人生を活写した作品に私はなぜか心が躍り、ベッドで寝転がりながら至福の読書を続けていた。

ゾラの物語を読む時も当然ながら音楽を流していたのだが、なぜかLed Zeppelinのアルバムばかり聴いていた。ゾラの作品世界とツェッペリンの曲が合うという話ではなく、ツェッペリンの新アルバムを買った頃(まだ未購入だったCDを買ったという意味)だったため、それを聴きながらゾラ作品を読むことになったのだと思う。

ゾラの小説を読んでいた頃はツェッペリンのアルバムの中でも『狂熱のライヴ』『Presence』の二枚がお気に入りで、特に『狂熱のライヴ』収録の“Rain Song”をリピート機能でひたすら流していたのを覚えている。

好きな曲を聴きながら、好きな小説に没頭する……至福のひとときであり、小説に没入している時はそれで良かったのだが、やがて悩ましい事態が出来するようになった。“Rain Song”のライヴ版を聞くや否や『居酒屋』等の作品世界が反射的に思い出され、各場面の感触が脳内を生々しく駆けめぐるようになっていたのである。

ジミー・ペイジのクラシックを思わせる美しい和音が流れ出すと『居酒屋』のジェルヴェーズ(主人公の女性)が汚れた格好で薄汚い路地を歩く様子が脳裏に浮かび、ヴォーカルのロバート・プラントが高音を張り上げて歌い上げる瞬間には『ナナ』の破滅した貴族の虚ろなまなざしが彷彿とされる。まるでゾラのルーゴン・マッカール叢書が“Rain Song”のサウンド全てに粒子レベルで混じりあっているような密着具合であり、“Rain Song”がまともに聴けないことに気付いた時にはすでに遅かった。

スタジオ・アルバム版の“Rain Song”を聴く時にはさして問題ないのだが(少しは思い出すが致命傷というほどではない)、ライヴ版は聴いた瞬間にパリのうらぶれた下町の情景が浮かび、特に『居酒屋』の場面が鮮明に思い出されるのだった。

ジェルヴェーズは、《親切館》にはいる路地に足を踏み入れると、涙がまたも溢れてきた。それは壁沿いに汚水が流れてゆく暗い狭い路地だった。そしてそこの臭気を嗅ぐと、彼女はランチエとともにここで過した二週間を、貧困と喧嘩の二週間を想い浮かべたが、その追憶もいまでは焼けつくような哀惜の想いとなって胸を締めつけた。男に棄てられた孤独そのもののなかにはいってゆくような気がした。

階段を上がってゆくと、なにもない裸の部屋は窓が開け放されていて、陽光がいっぱいに射していた。そうやって射しこむ陽の光と一面におどる金色の埃が、黒く煤けた天丼や壁紙のはがれた壁をもの悲しく見せた。暖炉棚の釘に紐のようにねじれた女物の小さなネッカチーフがぶら下がっているだけだった。(『居酒屋』、清水徹訳) 

こういったゾラの作品世界と“Rain Song”のライヴ版があまりに不即不離の状態に陥ってしまったため、私はある時からツェッペリンの“Rain Song”は『居酒屋』その他のために作られた曲なのだろう、と信じてみることにした。

そのように思ってみると自分の中で諦めがついたのか、“Rain Song”とエミール・ゾラの奇妙な融合は時間をかけて少しずつ受け入れられるようになり、いつしかそれは自然な状況として存在するようになった。

今では『居酒屋』を思い出すために“Rain Song”を聴くことがあるぐらいで、ふと思い出した時に『狂熱のライヴ』収録のヴァージョンを流し、人生を破滅させていったジェルヴェーズやナナ(どちらも作品の主人公)に思いを馳せては一人でしみじみとしたりする。

下は“Rain Song”のライヴ版で、1973年にニューヨークで催されたライヴを録音したものだ。今度生まれ変わってこの世で好きな小説を読む時、BGMとして流す曲にはもう少し留意しようと思う。

【次回は2月15日ごろ配信予定です】


【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生まれ。近現代俳句研究、愛媛大学准教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』など。


【「趣味と写真と、ときどき俳句と」バックナンバー】

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