連載・よみもの

趣味と写真と、ときどき俳句と【#05】勉強の仕方

趣味と写真と、ときどき俳句と
【#05】勉強の仕方

青木亮人(愛媛大学准教授)


勉強の仕方そのものが大事なんだよ、と教えてくれた方がいた。

学校の勉強ではなく、社会人になってからの話だ。その方とは時折会い、酒杯を傾けながら話をうかがうことが多い。私とは比べものにならないほど人生経験を積み、人間の表も裏も見てきた方だ。

その方は語る。

「勉強というのは比喩的な言葉で、要するにこれからの各時期に何をすべきか、それを実現するためには何をすべきか、そのために何を学び、何を自分のモノにすればよいかを考え、努力を傾けるといった意味だ。

努力はすればいい、というものでもないし、頑張れば報われるわけでもない。努力は報われるなんていうけれど、それは幸運な人がいえることで、社会でいくら努力してもダメな場合はいくらでもある。世間は意外に厳しいし、人には宿命というものがあるからね。

それはいいとして、努力が報われない場合、そもそも努力の傾け方や勉強の仕方が間違っていることが多いんだ。その時期に、それを一生懸命やったところであまり成果がない、といったこともよくある。

趣味であれば、それでいいかもしれない。好きか嫌いかだけを考えればいいからね。でも、趣味や自分の好悪で収まらない場合、何をすべきか、いかにすればよいかという勉強の仕方そのものを考える必要が出てくる。問題は努力するかどうかではないんだ。努力したり、勉強したりするのは当たり前として、そのやり方や方向性そのものがその時期に適切かどうかを考えるのが大事なんだ」。

私は相づちを打ちながら、なるほどと聞き入る。

「本当は、こんなことは言わないものだが」と、その方は調子を変えて言った。「大人が大人にアドバイスすれば、たいていは批判されたと思いこむか、自分を否定されたようで、良い印象は残らないんだ。それに、何か成功すれば自分が頑張ったからと思いこみたいものだし、アドバイスしてくれた人のおかげで自分が成長したことを信じたくない場合が多い。だから、気付いたとしても口には出さない。その方が良好な人間関係を保てるからね」。

そこまで話をうかがった時、不思議に感じたので聞いてみた。「では、なぜ私にアドバイスをして下さるのでしょう」と。

その方は笑いながら言った。「今のあなたなら素直に聞いてくれそうな気がしたからね。前は聞きそうになかったので色々黙っていたんだ」

私は驚いた。首をしきりにひねり、思い返してみたが、どうも思い当たる節がない。「相変わらず無意識だなあ」とその方は笑う。「今のあなたは以前と違い、勉強の仕方そのものを考える時期に来ている気がするな」。

「どうしてそんなことが分かるんですか?」と私は再び驚きつつ、うかがってみた。

「見えるからなあ」と、その方は淡々と仰った。

 *

その後、散歩しながらその方とのやりとりを思い返したりすることがある。努力の傾け方、勉強の仕方……そんなことをあれこれ考えながら散歩コースにある公園にさしかかると、いつもの猫が寝かかっていた。鞄からカメラをそっと取り出し、写真を撮った。確か2019年頃だったと思う。

撮影=青木亮人(禁無断転載)

【次回は3月15日ごろ配信予定です】


【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生れ。近現代俳句研究、愛媛大学准教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』など。


【「趣味と写真と、ときどき俳句と」バックナンバー】
>>[#4] 原付の上のサバトラ猫
>>[#3] Sex Pistolsを初めて聴いた時のこと
>>[#2] 猫を撮り始めたことについて
>>[#1] 「木綿のハンカチーフ」を大学授業で扱った時のこと



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