広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅

俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第36回】銀座と今井杏太郎

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【第36回】
銀座と今井杏太郎

広渡敬雄(「沖」「塔の会」)


慶長17(1612)年、徳川家康が駿府から銀貨鋳造所を移した地・銀座は、明治期は赤煉瓦・ガス灯の欧米風の街並みとなり、関東大震災、戦災で崩壊後も復興した日本を代表する繁華街である。銀座通りの四丁目にシンボルの「和光」の時計塔、その周辺に三越・松屋百貨店や複合商業施設・有名ブランド店・画廊・高級飲食店が軒を連ね、歌舞伎座・新橋演舞場もある。嘗て一丁目の幸稲荷小路には、鈴木真砂女の小料理屋「卯波」があり俳人で賑った。

歌舞伎座

足のむくままに歩きて銀座なり   今井杏太郎 

柳散る銀座に行けば逢へる顔    五所平之助

歌舞伎座に橋々かゝり蚊喰鳥    山口青邨

並木座を出てみる虹のうすれ際   能村登四郎

降る雪やここに酒売る灯をかかげ  鈴木真砂女

バーを出て霧の底なる吾が影よ   草間時彦

雪赤く降り青く解け銀座の灯    鷹羽狩行

先生のゐない銀座の夏柳      仁平 勝

〈足のむく〉の句は、昭和55年作で、第一句集『麥稈帽子』に収録。「春の夜の銀座あたりをいつぱい機嫌でふらついた時の句。こういうことはそう何回も出来ることではない」と自註に記す。銀座を愛した作者には〈マリオンの時計が鳴つて日短〉〈信号は赤の銀座の蝉しぐれ〉〈蛍売の来てゐる銀座七丁目〉〈ひとを見て歩けば冬もあたたかし〉等の句がある。「四丁目の「グラナータ」(レストラン)のポルチーニのグリルを味わい、八丁目の「ニューアスコ」のバーで「知床旅情」「テネシーワルツ」を歌うのが好きだった」と仁平勝は回想する。「同じ店に通い詰めるため、どの店でも常連扱いだった」(石井隆司)とその拘りも記す。

銀座4丁目交差点(和光、三越)から1丁目方面

 今井杏太郎は、昭和3(1928)年千葉県船橋市に生まれ、本名昭正。同15年大原テルカズに勧められて俳句を始めた。同25(1950)年、千葉医科大学を卒業し、精神科医として東京少年鑑別所勤務を経て船医となり、船上俳句にも励んだ。その後病院勤務を経て、千葉で「下総病院」を開院した。同44(1969)年、「鶴」に入会、石塚友二に師事。岸田稚魚、清水基吉等の「御家人句会」に参加し、「鶴」賞受賞後、昭和61年、第一句集『麥稈帽子』を上梓した。

平成7年「鶴」退会後、同9(1997)年、『魚座』を創刊主宰。仁平勝、鳥居三太、飯田晴、鴇田智哉、茅根知子等を育てつつ「塔の会」「きさらぎ句会」「件の会」にも所属した。同12年、一か月半に渡る世界一周クルーズの作品からなる第三句集『海鳴り星』で、第44回俳人協会賞を受賞した。同18年「魚座」終刊し、同22(2012)年6月27日逝去。享年85歳。

銀座7丁目の飲食店ビル

句集は他に『通草葛』、自註句集『今井杏太郎集』『海の岬』『風の吹くころ』『今井杏太郎全句集』がある。

「駄句らしい句を多産する作家は杏太郎を措いてなく、そういうことを全て心得た上で作句している」(岸田稚魚)、「師系石田波郷の「俳句は一人称の文学」という俳句観を自身の心情として系譜しつつも、その「一人称」から自我を取り除いた」(仁平勝)、「杏太郎俳句は、平明であることに終わらず,何ということもないところが真骨頂。自分の思うがままに俳句を作り続けたことがその凄さである」(加藤哲也)、「晩年の作品には、芭蕉の「軽み」の気息が漂い、しかも老境の衰退や哀感を「老人」や生き物に象徴させて、直叙しないところが新しい」(角谷昌子)、「静かに己を見つめながら、呟くように俳句を作る極めて淡白な世界だが、人間性を反映して、物に執着することを潔しとしない生き方と俳句が見事に一致している」(片山由美子)、「杏太郎の「呟き」は俳句から様々なものを消し去り、最後に残るのは気配だけ。恐るべき「却来」の行方である」(井上弘美)、「「老人俳句」の杏太郎と呼ばれるが、「老い」と呼べば衰弱が進行するが、「老人」はその位格の中に安住する。杏太郎の老人は、あっけなく成立する「日常即桃源郷」というべき一つの場」(関悦史)、「師のへそ曲りが俳句の信条である」(飯田晴)、「一貫してさびしさと優しさがテーマの俳人である」(小川美知子)、「空間的には同一のカメラに収まらない二物を、「ころ」を使い、共時性に於いて同居させて見せる」(岩田奎)等の評がある。 

築地方面から銀座4丁目

  春の川おもしろさうに流れけり 

  涼しさや竹山を買ふ話など

  八月のをはりの山に登りけり

  老人が被つて麥稈帽子かな

  生きてゐてつくつくほふし鳴きにけり

  盆僧のひとの話をして帰る

  馬の仔の風に揺れたりしてをりぬ

  連翹の咲くころひとは船に乗り

  石塚友二先生の墓あたたかき

  なにをすることもなくゐて夜の長き

  ラ・マンチャの男に吹いて秋の風 (スペイン行)

  北窓をひらく誰かに会ふやうに

  菜の花の沖に海鳴り星の見ゆ

  九つはさびしい数よ鳥雲に

  まんばうにつめたい夏の海があり

  すずかけの花の咲くころ東京に

  老人と老人のゐる寒さかな

  人間と暮してゐたる羽抜鶏

  美しき蟹の売らるる港かな

  放哉の墓のうしろの春の暮

  雪が降り石は仏になりにけり

  いちにちは長し海月を見てをれば

  海亀の旅のをはりは遠い国 

  かなしめばけふ雁の帰るなり

  梟は夜のあそびをしてをりぬ

「麻薬」ともいうべき強烈な魅力を持つ杏太郎俳句は、禁じ手を駆使し、多くの俳人の俳句観を根底から覆す。その読後に、安堵感を齎す脱力俳句、時間を最大限に引き延ばす俳句(仁平の言う―句の中に時間が流れるー)は、今後とも、現代俳句のアンチテーゼとして輝き続けるだろう。

(「たかんな」令和3年11月号より転載)  


【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。俳人協会幹事。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。「沖」蒼芒集同人。俳人協会幹事。「塔の会」幹事。著書に『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店)。


<バックナンバー一覧>

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【第34回】鎌倉と星野立子
【第33回】葛城山と阿波野青畝
【第32回】城ヶ島と松本たかし
【第31回】田園調布と安住敦
【第30回】暗峠と橋閒石
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