俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第27回】熊本・江津湖と中村汀女

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【第27回】
熊本・江津湖と中村汀女

広渡敬雄(「沖」「塔の会」)


熊本市街の東南部にある江津湖は、周囲6キロ、湖水面積約50ヘクタール。阿蘇山系の伏流水が一日約40万トン湧いており、上江津、下江津からなる。上江津湖付近は、国の天然記念物・淡水産分裂藻「水前寺海苔」の発生地で、日本都市公園百選の水前寺江津湖公園として市民の散策・憩いの場としての動物園や貸ボート乗場と共に、県立図書館、熊本近代文学館、文学の散歩道や汀女生誕百年記念樹もある。

水前寺公園(熊本市観光政策課 )

  鳰葭に集りぬ湖暮るる       中村汀女

  ふるひ寄せて白魚崩れん許りなり  夏目漱石

  縦横に水の流れや芭蕉林      高濱虚子

  藻刈竿水揚ぐる時たわみつゝ    杉田久女

  枯芝の山に灯ともる水前寺     上村占魚 

  秋水の流れ絶えなく句碑の辺に  小川濤美子

  銀木犀咲き満つ空の師の生家     村田脩

  湧水の学舎に満つ秋の声      小川晴子

  橋くぐる蛍火われは橋の上    正木ゆう子  

「鳰」の句は、江津湖畔で生れ育った中村汀女が、18歳の折に初めて詠んだ句で、同時作に〈吾に返り見直す隅に寒菊紅し〉があり、後年には〈浮草の寄する汀や阿蘇は雪〉とも詠っている。小川濤美子、晴子は汀女の長女、孫であり、江津湖と汀女の母校の小学校を詠んだものである。

正木ゆう子は江津湖付近に実家があり、蛍の飛び交う湖畔を散策しながら抒情を膨らます。芭蕉林もある湖畔の遊歩道には、〈とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな〉の汀女句碑がある他、漱石、虚子の上記の句碑もあり、上江津湖畔には汀女の実家があった(平成4年に取り崩されている)。

江津湖(熊本市観光政策課 )

後年汀女は「今は熊本市内だが、江津湖はやはり私には江津村が相応しい。湖畔の人達は東遥かに阿蘇の山々を仰ぎつつ、田植、麦刈に勤しみ、その間に藻刈舟を浮べ、立夏の日は川祭のお神酒を湖に捧げる」と懐かしく回顧する。

夏目漱石坪井旧居(熊本市観光政策課)

中村汀女は、明治33(1900)年、熊本県飽託郡画図村(現熊本市江津)の村長も務めた名家齋藤平四郎の長女(一人娘)として生まれ、本名破魔子。県立高等女学校(現熊本第一高等学校)に学ぶ。大正7(1918)年に先の句で俳句を始め、同8年、汀女の俳号(汀=江津湖畔)で「ホトトギス」初入選。同9年、敬愛する杉田久女に会った後、同郷の大蔵官僚中村重喜と結婚。育児でしばらく句作を中断するものの、昭和7(1932)年、丸ビルに高浜虚子を訪ね、星野立子とも会った。

同九年には、ホトトギス同人として、橋本多佳子、三橋鷹女、星野立子とともに四T(山本健吉命名)と称され、代表的なホトトギス女流俳人として常に注目され、殊に立子と共に「清新なる香気、明朗なる色彩」の評を得た。

夫の転勤に伴い、仙台、名古屋、大阪、東京、横浜、仙台等に転居ののち、東京世田谷区の代田に居を構えた。

昭和15(1940)年、第一句集『春雪』を上梓。星野立子の『鎌倉』と同時発行で、虚子の同じ序文を貰い「姉妹句集」と称される。更に『汀女句集』『春暁』『半生』を上梓後、同22(1947)年、47歳で「風花」を創刊主宰した。俳誌名は「今日の風、今日の花、その時心新しく俳句すべし」に依り、同27年から日経俳壇選者を33年間勤めた。俳句を現代の女性の間に普及させた第一の功労者とされ、「風花」会員も千名超を誇った。

良妻賢母の「台所俳句」との評に対し、「普通の女性の職場は家庭であり、台所である。そこからの取材が何故いけないのか」(『汀女自画像』)と主張した。

「些細な日常を些細そのままに切り取るのに極めて犀利なテクニックを駆使して唸らせる。市井の詩人汀女の面目躍如というところである」(清水哲男)、「久女の力強い句風とは異なり、生活に密着した叙情的作品典型的な主婦俳句、台所俳句ではあるが、このような凡人性の中に、細やかな清新な女性の感性が沁み透っていて余人の追随を許さない」(山本健吉)、「深刻と悲劇偏重は近代主義の貧しさであり、汀女俳句には最も良質の才を必要とする平常に於ける詩に、文化の厚みがある」(宗田安正)、「俳句の根っこの日常的な生活感の平易さ、気楽さから俳句表現の高みに至った」(坪内稔典)等々の評がある。

その後も意欲的に活躍し、句集『花影』『都鳥』『紅白梅』『薔薇粧ふ』、髄筆集『婦人歳時記』『母のこころ』『汀女自画像』等がある。熊本市名誉市民、文化功労者にも選ばれ、同59(1984)年に日本芸術院賞を受賞した後、同63(1988)年9月20日、88歳で逝去。「風花」は小川濤美子、小川晴子が継承後、平成二十九年に終刊し、晴子が継承誌「今日の花」を刊行している。

  さみだれや船がおくるる電話など

  中空にとまらんとする落花かな

  おいて来し子ほどに遠き蝉のあり

  秋雨の瓦斯が飛びつく燐寸かな

  ゆで玉子むけばかがやく花曇

  なほ北に行く汽車とまり夏の月 (仙台駅)

  あはれ子の夜寒の床の引けば寄る

  咳の子のなぞなぞあそびきりもなや

  蜩や暗しと思ふ厨ごと

  人のつく手毬次第にさびしけれ

  延着と言へ春暁の関門に

  外にも出よ触るるばかりに春の月

  麦秋の母をひとりの野の起伏

  わが心いま獲物欲り蟻地獄

  滝を見て来てしづかなる人々よ

  ただ苺つぶし食べ合ふそれでよし

  曼珠沙華抱くほどとれど母恋し

  いつの世も祷りは切や百日紅

  蟇歩く到りつく辺のある如く

  沈丁にはげしく降りて降り足りぬ

  秋暑き汽車に必死の子守唄

良妻賢母で家庭の日常生活の中で磨かれた柔らかな女流の感受性、非凡な着眼を俳句の要諦としたが、その生き方の底辺には、毅然とした「肥後の女性」の気質が流れている感がする。     

(「青垣」28号より加筆再編成) 


【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。俳人協会幹事。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。「沖」蒼芒集同人。「塔の会」幹事。著書に『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店)。


<バックナンバー一覧>

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【第25回】沖縄・宮古島と篠原鳳作
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