ハイクノミカタ

早春や松のぼりゆくよその猫 藤田春梢女【季語=早春(春)】


早春や松のぼりゆくよその猫

藤田春梢女(ふじた・しゅんしょうじょ)

 いやー、今年もやってきましたね、立春。うれしいんだなもー。冬至の次に好きな日かも知れません。そして、同時に水星逆行も終わりますよー。太陽と星が次に移る金曜、いかがお過ごしですか。

 先週ひどい猫背に気付いたその背中をすこし椅子の背に伸ばしてみる。よく伸びる、やっぱり立春前と後では違う。こんなことがうれしいのは人間だけなんだろうか、それとも立春は、水星逆行は、人間以外にも何か影響を与えるんだろうか。

 そう、猫背の本家、猫も。と書いて、そういえばここで犬の句は何句か取り上げたけれど、猫の句は取り上げたことがないなと思う。

 猫が入っていれば句会でも採ってしまうという人がいる一方、なんとなく、猫の方が意味深だったり、存在感があったりして、句において目立ちすぎてしまうような気がするのも事実。もちろん、猫の恋、猫の子、竈猫といった季題であることもその存在を強くしてしまうし、そうでなくても句の中に猫がいるだけで、それは年賀状や朝顔や月や炬燵の句ではなく、猫の句になってしまったりする。

 そんな猫句の中にあって、こちらの句。

  早春や松のぼりゆくよその猫

 おお、猫が出てくるけど、猫の句になってない。猫の扱いが軽い。

 松をのぼっている姿は、ペットというよりはどちらかと言えば自然に近い姿で、しかもこの家の猫ではないことが、視線を薄く(?)する。早春の光を浴びた松の固い木肌をするする辿る猫の背。猫背ではなくすらりと伸びていることだろう。他の木でもいいようなものだけど、やはり松の曲線と猫の曲線のシンクロがこの句には欲しい。

 早春は立春ののちの約一か月ほどのこと。日の長さや角度に春は訪れているけれど、まだまだ寒さの残る時期。その空気の中を立ちのぼる二つの曲線は凛とした空気を放つ。

 さあ、週末はちょっと斜め上方向にのぼってみましょうか。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠     池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松     大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ      三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな    山崎楽堂
>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る     高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ  深見けん二
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>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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