金魚すくふ腕にゆらめく水明り 千原草之【季語=金魚(夏)】

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金魚すくふ腕にゆらめく水明り

千原草之(ちはらそうし))


喉元過ぎれば忘れるのは「熱さ」ですが、「暑さ」もまた。と、書いたのは、先週のこと。撤回します、温度がさらに上がるなんて思わなかった。今週東京は、35℃越えとなっております。順応性も吹き飛ぶような、暑い暑い金曜ですよ。

それにしても、夏バテとワクチン接種による倦怠感はどういう風に分けたらいいのだろうか。コロナ以前の今頃を思い出しても、あまり覚えがない。

いや、そうでもない。コロナ以前のこの日、8月第1週の金曜は毎年、都内のビル街で行われていた盆踊りに出かけていた。といって、踊るわけじゃないんだけど、その会場で供される全国の日本酒を飲みながら、盆踊りを眺めるのだった。あれは暑かった、浴衣なのに逃げ場のない暑さだった。でも、不思議なことに、盆踊りを眺めていると、それを忘れることがあった。

ひらひらするものは、そう、涼しいのだ。それは風を感じさせるからだろう。盆踊りがひらひらしているのは、その動作によるもので、無風の瞬間もあったけれど、それでも視覚が錯覚するんだろう。

ひらひらして涼しいものに「金魚」がある。今年一番暑かった週末を記念して(というより、これ以上に暑い週末が来ないことを祈念して)、これまでちょくちょく目に留まった句を集めてきたので、今日は金魚特集です。

 金魚すくふ腕にゆらめく水明り        千原草之

トップは千原草之、冒頭の名前を書き換えるのが面倒なほど、夏バテだか倦怠感だかということが理由。ひらひらする金魚をすくう腕にさらに水影がひらひら映る。狙っている金魚の他の、無数の金魚、その金魚を狙うポイが揺らす水。「すくふ」も「ゆらめく水」も「水明り」も常套的言葉だけれど、「金魚」を「すくふ」「腕」とすべての連続を見出す視線は今も鮮やかだ。

 掬はれし金魚二三度撓ひたる       深見けん二

漸くに掬った金魚、ポイの上、あるいは手元の器に移された最初の動作を描く。広く多くの仲間とともに入っていた水槽を出て、新たな環境になじませるように、体を撓うのかもしれない。掬われることは囚われることであるけれど、一面、救うことにも通じるようだ。いずれにしても人間の勝手な言い分ではあるけれど。

 この頃の母や金魚を飼ひたのし      下田実花

「たのし」と主観的な表現のようだけれど、「たのし」いのは母。「たのしげ」である母を見る視点は意外に客観的だ。「この頃の母や」と切り出されると、当然、「この頃以前の母」にも思いが行くわけだけれど、その頃は母は別のもので楽しんでいたのかもしれないし、楽しく過ごしていなかったのかもしれない。響きからすると、最近は金魚に凝っているけれど、それ以前も他のことで楽しかった母を思うけれど、刻々と変わる金魚の姿は、楽しいばかりと言えない印象を残す。

 餌をあさりつゝ尾をふれる金魚かな   上村占魚

その多面性が、ちょっと違う形で出ているのがこちらの句。描くのは華やかで、儚く、幻想的な金魚の「食欲」。何もそんなところ描かんでもいいのに、そこへ目が行ってしまうことだってある。ぱくぱくと健啖な金魚がお愛想のように(おそらくは習性なのでしょうけれど)振る尾が、餌を食いながら人も食っている。

 尾を振れば一面真つ赤金魚玉      小泉洋一

末尾を飾るのはやはり「尾」の句だが、こちらはお座なりな御尾振りではなく、金魚の面目克如といえる。金魚玉に飼われている金魚にとって、金魚玉は器、家であるのだけれど、その尾のひとふりによって、金魚玉自体の姿をがらりと変える。金魚玉を統べる金魚の存在感の大きさである。

それにしても、立秋直前に唐突な金魚特集、当初は別の意図があったような気も…。忘れよう、忘れよう。

『垂水』(1983年)ほか

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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