ハイクノミカタ

梅雨の日の烈しくさせば罌粟は燃ゆ 篠田悌二郎【季語=梅雨・罌粟(夏)】


梅雨の日の烈しくさせば罌粟は燃ゆ

篠田悌二郎
(『連作俳句集』昭和9年)


新興俳句運動の一つの特徴が連作の流行で、「馬酔木」諸俳人の連作の成果を一冊にまとめたのがこの『連作俳句集』。昭和3年から9年までの連作俳句87編を収めている。もちろん編者は水原秋桜子で、装幀を高屋窓秋、校訂を石田波郷が担当するという豪華な製作スタッフ。秋桜子は後書き「編輯者の言葉」で、「創始後五年を經たる今日に於ては、極めて少數の反對がのこるのみで、殆ど全俳壇がこれを認め、多くの作品と批評が月々の誌上を賑はすに至つた。」と、その隆盛を誇っています。時代ですね。

この『連作俳句集』についていろいろ言い出せば面白い(たとえば、窓秋の代表句「ちるさくら海あをければ海へちる」とか、波郷の代表句「バスを待ち大路の春をうたがはず」が実は連作中の一句である、とか)のだけれど、それはまたの機会にして、掲句について。与謝野晶子に「ああ阜月仏蘭西の野は火の色す君も雛罌粟われも雛罌粟」があるけれど、これはあのフランスの、からっとした空の下の風景で、異国の色彩なればこそのコクリコ、という感じ。一方、悌二郎の句は、その向こうを張ったようなところがあって、飛行機で降りてくれば水蒸気溢れる当邦の、その中の晴れ間に訪れる烈日の下の「ケシ」の色彩なのであり、同じ火の色でも自ずと花の趣が違う。この連作は全部で三句の構成で、この後「梅雨の雲垂れ来て罌粟を暗くせり」、「梅雨ふかき鶏はまひるを長鳴けり」と、それはそれは水蒸気たっぷりの、暗い昼の景で閉じるのがとても日本的。そろそろ本州も、梅雨に入るようです。

橋本直


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【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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