実るなと掴む乳房や春嵐渡邉美愛【季語＝春嵐（春）】

ハイクノミカタ

実るなと掴む乳房や春嵐　渡邉美愛【季語＝春嵐（春）】

2023/4/6
ハイクノミカタ, 橋本直
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実るなと掴む乳房や春嵐

渡邉美愛
（「17音の青春2023」角川書店）

昨年の神奈川大学高校生俳句大賞最優秀賞作品から。同賞は三句を一組として評価し、優れた作品に与えられる仕組み。掲句は三句中の二番目で、他は「セーラーの襟憎らしき春の朝」「同性の我らへ桜蘂落ちる」。いずれも現在の時代状況に対する強いメッセージの方向性をもつ。いまこの時の作者の率直な思い、今しか詠めない内容を詠み込んだものだろう。生得の生物学的性差にまつわる社会的な性差でくくられた結果、その社会から期待される身体のあり方や、その社会の眼差しそのものへの強い違和感、嫌悪感、忿懣が感じられる。先ほど今しか詠めないと書いたが、それゆえに強い普遍性をもっているのであって、青春ならではの葛藤という一時的な出来事に落とし込むような話ではない。書中の選考座談会では、審査委員の恩田侑布子と長谷川櫂がこの三句を高く評価している（そのお二人の三句について語る内容もいろいろな意味で面白いので、ぜひ手に取ってお読みください）のだけれど、一方で大ベテランの大串章は、掲句が今の社会を如実に現しているとしつつ、掲句は「エロチック」であるとして、こういうものが多くなると従来の文芸、文学としての俳句がだんだん崩れていくのではないか、ということと、これを高校生に優秀だと示すことについて違和感を表明している。大串の世代から見ると掲句が「エロチック」に見えるということについて率直に驚きを禁じ得ないのだけれど、おそらく「実るな」に込められたメッセージ性は理解してはいるが、乳房を掴むということが句に表現されることにどうしても抵抗感を覚えてしまうということなのだろう。つまり、ある種の生真面目さをもつ「モラル」が作品の理解にいらないバイアスを掛けている。あるいは私が無知なだけで、広く世間を見渡せば同じような見方をする人はけっこう多いのかも知れない。もし掲句が学校教育の中で示されるならば、大串的な懸念をもつ教員は一定数いそうな気もする。しかし、問われなければならないポイントはそういうことではなく、それら自身の持ってしまったバイアスを絶えず問い返すことのはずで、それがなされてこなかったからこそ、今この時にこの三句が詠まれなければならなかったのではないのだろうか。

（橋本直）

【執筆者プロフィール】
橋本直（はしもと・すなお）
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」（邑久光明園）俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』（2011年）、『鬼』（2016年）いずれも私家版。第一句集『符籙』（左右社、2020年）。共著『諸注評釈新芭蕉俳句大成』（明治書院、2014年）、『新興俳句アンソロジー何が新しかったのか』（ふらんす堂、2018年）他。

【『１７音の青春　２０２３　五七五で綴る高校生のメッセージ』はこちら↓】