ハイクノミカタ

タワーマンションのロック四重や鳥雲に 鶴見澄子【季語=鳥雲に(春)】


タワーマンションのロック四重や鳥雲に

鶴見澄子


だいたいの服に合うアクセサリーがあるように、だいたいの情景にハマる季語というのがある。ハマるというよりも落とす、一気に収斂させる、といった方が正しいかもしれない。山崎宗鑑の下句〈それにつけても金の欲しさよ〉みたいなものですね。

わたしの考えるなんにでも合う季語はまずもってヒヤシンスだ。これをつけると、不思議なことに、だいたいなんでも落ちる。あと〈鳥雲に〉もそうで、この季語には逍遥院実隆の下句〈といひし昔のしのばるゝかな〉的な感慨がある(山崎宗鑑と逍遥院実隆の下句の話は、堀成之『今古雅談』の「諧謔余意あり」というコラムに出てきます)。

けれども「あ。これは本当に〈鳥雲に〉以外ないよなあ…」としみじみしてしまう句というのももちろんいっぱいあって、これなんかまさにそうだ。

  タワーマンションのロック四重や鳥雲に  鶴見澄子

伸びやかに歌い出した字余りの上五。長音・促音・濁音の展開による絶妙なリズム。そしてそこに乗せられた言葉のメロディー。これらの要素がうまく絡み合い、句がとても生き生きしている。とくに〈ロック四重や〉はなかなか出てこない、発明といいたくなるような中七だ。〈ロック〉と〈四重〉が音楽を彷彿させるところもいい。さらに〈タワーマンション〉と〈鳥雲〉の高層的対称性がこの句に張力を与えている。鳥の去るほのかなさみしさをふっと香らせながら。

小津夜景


【小津夜景のバックナンバー】
>>〔25〕蝌蚪の紐掬ひて掛けむ汝が首に     林雅樹
>>〔24〕止まり木に鳥の一日ヒヤシンス   津川絵理子
>>〔23〕行く春や鳥啼き魚の目は泪        芭蕉
>>〔22〕春雷や刻来り去り遠ざかり      星野立子
>>〔21〕絵葉書の消印は流氷の町       大串 章
>>〔20〕菜の花や月は東に日は西に      与謝蕪村
>>〔19〕あかさたなはまやらわをん梅ひらく  西原天気
>>〔18〕さざなみのかがやけるとき鳥の恋   北川美美
>>〔17〕おやすみ
>>〔16〕開墾のはじめは豚とひとつ鍋     依田勉三
>>〔15〕コーヒー沸く香りの朝はハットハウスの青さで 古屋翠渓
>>〔14〕おやすみ
>>〔13〕幾千代も散るは美し明日は三越    攝津幸彦
>>〔12〕t t t ふいにさざめく子らや秋     鴇田智哉
>>〔11〕またわたし、またわたしだ、と雀たち 柳本々々
>>〔10〕しろい小さいお面いっぱい一茶のくに 阿部完市
>>〔9〕凩の会場へ行く燕尾服        中田美子
>>〔8〕アカコアオコクロコ共通海鼠語圏   佐山哲郎
>>〔7〕後鳥羽院鳥羽院萩で擲りあふ     佐藤りえ
>>〔6〕COVID-19十一月の黒いくれよん   瀬戸正洋
>>〔5〕風へおんがくがことばがそして葬    夏木久
>>〔4〕たが魂ぞほたるともならで秋の風   横井也有
>>〔3〕渚にて金澤のこと菊のこと      田中裕明
>>〔2〕ポメラニアンすごい不倫の話きく   長嶋 有
>>〔1〕迷宮へ靴取りにゆくえれめのぴー   中嶋憲武


【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 家濡れて重たくなりぬ花辛夷 森賀まり【季語=花辛夷(春)】 
  2. ミシン台並びやすめり針供養 石田波郷【季語=針供養(春)】
  3. 鳥の巣に鳥が入つてゆくところ 波多野爽波【季語=鳥の巣(春)】 …
  4. 桔梗やさわや/\と草の雨     楠目橙黄子【季語=桔梗(秋)…
  5. 来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話 田畑美穂女【季語=梅 (春)】
  6. 川を見るバナナの皮は手より落ち 高濱虚子【季語=バナナ(夏)】
  7. 短日のかかるところにふとをりて 清崎敏郎【季語=短日(冬)】
  8. 夏場所や新弟子ひとりハワイより 大島民郎【季語=夏場所(夏)】

おすすめ記事

  1. 【#26-4】愛媛県南予地方と宇和島の牛鬼(4)
  2. ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき 桂信子【季語=梅雨(夏)】
  3. 貝殻の内側光る秋思かな 山西雅子【季語=秋思(秋)】
  4. 手を敷いて我も腰掛く十三夜 中村若沙【季語=十三夜(秋)】
  5. 【#36】ベトナムの5 dong ke(ナム・ヨン・ケー)と出会った時の話
  6. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2022年11月分】
  7. 止まり木に鳥の一日ヒヤシンス  津川絵理子【季語=ヒヤシンス(春)】
  8. 赤福の餡べつとりと山雪解 波多野爽波【季語=雪解(春)】 
  9. 金魚屋が路地を素通りしてゆきぬ 菖蒲あや【季語=金魚(夏)】
  10. 草餅や不参遅参に会つぶれ 富永眉月【季語=草餅(春)】

Pickup記事

  1. なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ【季語=数へ日(冬)】
  2. 海外のニュースの河馬が泣いていた 木田智美【無季】
  3. 又の名のゆうれい草と遊びけり 後藤夜半【季語=ゆうれい草(夏)】
  4. 【夏の季語】たかんな
  5. ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
  6. 藍を着古し/棚田の/父祖の/翳となる 上田玄
  7. 【冬の季語】節分会
  8. 「体育+俳句」【第3回】畔柳海村+サッカー
  9. 冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ 川崎展宏【冬の季語=冬(冬)】
  10. 皹といふいたさうな言葉かな 富安風生【季語=皹(冬)】
PAGE TOP