ハイクノミカタ

開墾のはじめは豚とひとつ鍋 依田勉三


開墾のはじめは豚とひとつ鍋

依田勉三


6歳か7歳だったある冬の日、小学校から帰るとテーブルの上におやつがあった。

近づくと六花亭のもなか「ひとつ鍋」である。おままごと道具のような、鍋型のしっかりした皮の中に、あんこと小さい求肥がふたつ入っている。もなかに求肥を入れるのは、北海道ではいたってふつうのことだ。

わたしはなにも考えず、いつもどおり食べはじめようとした。すると近くにいた母が「ちょっと待って」とわたしを制し、

「このかたち、お鍋と木蓋なのよ。変わってるでしょう?」

と、よくよく観察するよう促したあと、

           開墾のはじめは豚とひとつ鍋   依田勉三

と、目の前のもなかの由来となった一句およびその句意、すなわち北海道を開墾した人々の苦労とそのたくましい精神を語った。

「つまりね、そういった、むかしの人たちのすがたを語り継ぐお菓子だということ。わかった?」と母。
「うんわかった」とわたし。

で、なにも考えず食べた。むしゃむしゃと。

依田勉三は1853(嘉永6)年伊豆国生まれ。長老派の英学塾で学んだのち慶應義塾に進み、北海道開拓「晩成社」を結成、単身北海道に渡る。十勝開拓の父と呼ばれ、北海道で初めて商品化されたバター「マルセイバタ」をつくったことでも知られる。ちなみに「マルセイ」とは晩成社の「成」字をマルで囲んだ商標で、六花亭「マルセイバターサンド」の包装紙は「マルセイバタ」のラベルの転用だ。

小津夜景


【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記



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