ハイクノミカタ

ポメラニアンすごい不倫の話きく 長嶋有


ポメラニアンすごい不倫の話きく

長嶋有


いったい俳句は文学なのか?   この種の話はいろいろとむずかしい。なぜなら文学という高次の概念はわたしたちの具体的な営みのあとからやってくる意匠にすぎず、個々の営みはジャンルというものを想定せずに行われるからだ。

実際のところ、俳句にたいする印象というのは人それぞれだろう。わたし自身は歌であると感じる瞬間が多い。また文学や音楽といった意匠をまとうことがためらわれるほど短く、あらゆることを語り損ねるだろうこの詩形の佇まいに、人間の生そのものを感じることもある。

ポメラニアンすごい不倫の話きく

長嶋有の俳句は了解性が高く、それでいてみずみずしい。掲句はカマトトすぎる〈すごい〉の使用法がまさにすごい。技が一つ決まった感じだ。

ところで「一本決まった」ということは、これは大喜利俳句なのだろうか? いやそうではないだろう。その証拠に、掲句は「姦通」という文学における永遠のテーマに言及することで、文学の側にぐっと踏みとどまっている。ただし文学という概念を高次から纏うのではなく、コートのように丸めて脇にはさんでみせたのだ。もしかするとこの句は、文学とはなにかということをさまざまな角度から考え、トライアル&エラーを繰り返した人ならではの返し技なのかもしれない。

(小津夜景)


【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記」https://yakeiozu.blogspot.com

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 人妻ぞいそぎんちやくに指入れて 小澤實【季語=磯巾着(春)】
  2. 懐石の芋の葉にのり衣被  平林春子【季語=衣被(秋)】
  3. 猫と狆と狆が椎茸ふみあらす 島津亮【季語=椎茸(秋)】
  4. 葛の花むかしの恋は山河越え 鷹羽狩行【季語=葛の花(秋)】
  5. 木犀や同棲二年目の畳 髙柳克弘【季語=木犀(秋)】
  6. 寒天煮るとろとろ細火鼠の眼 橋本多佳子【季語=寒天(冬)】
  7. 五月雨や掃けば飛びたつ畳の蛾 村上鞆彦【季語=五月雨(夏)】
  8. 静臥ただ落葉降りつぐ音ばかり 成田千空【季語=落葉(冬)】

おすすめ記事

  1. 神保町に銀漢亭があったころ【第81回】髙栁俊男
  2. 【イベントのご案内】第8回 千両千両井月さんまつり 【終了しました】
  3. 逢えぬなら思いぬ草紅葉にしゃがみ 池田澄子【季語=草紅葉(秋)】
  4. 女に捨てられたうす雪の夜の街燈 尾崎放哉【季語=雪(冬)】
  5. 秋うらら他人が見てゐて樹が抱けぬ 小池康生【季語=秋うらら(秋)】
  6. わが腕は翼風花抱き受け 世古諏訪【季語=風花(冬)】
  7. 幾千代も散るは美し明日は三越 攝津幸彦
  8. もう逢わぬ距りは花野にも似て 澁谷道【季語=花野(秋)】
  9. 【夏の季語】ごきぶり
  10. 夕焼けに入っておいであたまから 妹尾凛

Pickup記事

  1. 【新年の季語】左義長
  2. 【連載】新しい短歌をさがして【4】服部崇
  3. 羅や人悲します恋をして鈴木真砂女【季語=羅(夏)】
  4. 【秋の季語】残暑
  5. 【書評】津川絵理子 第3句集『夜の水平線』(ふらんす堂、2020年)
  6. 【秋の季語】萩/萩の花 白萩 紅萩 小萩 山萩 野萩 こぼれ萩 乱れ萩 括り萩 萩日和
  7. 母の日の義母にかなしきことを告ぐ 林誠司【季語=母の日(夏)】
  8. 【春の季語】鳥曇
  9. 黄沙いまかの楼蘭を発つらむか 藤田湘子【季語=黄沙(春)】
  10. 枇杷の花ふつうの未来だといいな 越智友亮【季語=枇杷の花(冬)】
PAGE TOP