起座し得て爽涼の風背を渡る肥田埜勝美【季語＝爽涼（秋）】

起座し得て爽涼の風背を渡る

肥田埜勝美

毎年のことですが、立秋を過ぎてこの暑さ。身体に堪えますねぇ、ホントに。目にはさやかに見えねどもとは言いますが、季節の流れが牛歩のごとく感じます。

個人的なことをいいますと、この時期の句作が一番苦手です。歳時記と眼前の景物の乖離が大きすぎて、季感に合う季語が少ないんですよね。

こんなとき、ルールブックとしての歳時記の意義と、句作の常道である写生との共生についてふと考えてしまいます。そういえば、森澄雄に季重なりの句が多いのは有名ですが、「そもそもあちら（自然）が季重ねなんだから」と言っていたようで（確か）。澄雄が写生主義かどうかはひとまず措くとして、現在でも写生を重んじる方にはこのような傾向があるような気がしますが、、、さて。

ま、そのへんは碩学の方々がシッカリとした論考をどこかでお書きになっているでしょう。本稿はあくまで夕刊紙のような軽〜く読める書き物を目指していますのでこの辺でやめておきます。

さて、この短期連載の最初に「手始めに筆者自身または筆者に近いところから」と書きました。そこで、初回は筆者の故郷、二回目は子どもの俳句にしました。三回目の今回は、筆者自身の師系に決めました。

起座し得て爽涼の風背を渡る

作者は肥田埜勝美（ひだのかつみ・1923-2006年）。昭和24年作、『太郎冠者』所収。

筆者は埼玉県所沢市の「阿吽」という結社に所属しています。作者はその創刊主宰で、その師は石田波郷です。あまり著名な俳人ではないので、以下に略歴を。

大正12年　埼玉県生まれ
昭和21年　山口青邨に師事
昭和23年　清瀬の国立東京療養所にて、同病棟の石田波郷に傾倒、鉗鎚を受け、また同所内の俳誌「松濤」にて加藤楸邨の選を受ける
昭和28年　「鶴」復刊に伴い入会
昭和29年　「鶴」同人
後、同人を辞し、しばらく作句を休む
昭和49年　「泉」創刊に伴い入会、小林康治の指導を受ける
昭和62年　「泉」退会
昭和63年　「阿吽」創刊主宰

つまりは波郷と同じ結核の療養俳人です。治療のため、波郷と同様に肋骨を切り取る「胸郭成形」やピンポン玉のような樹脂を胸に埋め込む「合成樹脂球充塡手術」を受けています。掲句について、作者の自句自解から抜き出します。

合成樹脂球充塡手術の失敗から急遽胸郭成形術の実施と生命の危機が続いたが、九月頃になると漸くベッドに起き上がれるようになった。痩せ衰えた背中を初秋の風がさわやかに渡って行った。死の淵から免れ得たことを実感することが出来た。ストマイの効果もすばらしかったが、四月以来ずっとベッドの下に藁蒲団を置き泊りこみで看病してくれた母のお蔭もあった。暖かいタオルで背中を拭いて貰うと垢がぼろぼろ出た。「まるで、ひじきのようだ」と言った母の言葉が忘れ難い。

一言筆者から注意しておくと、作者は長期加療中で極端に痩せていることは当然ですが、上述のように成否も定かでないような大手術を受けているので、その背中は手術痕だらけです。母親としてはとても直視できないような痛ましさだったでしょう。それでも、家産が傾くほどの大金で購ったストレプトマイシンのおかげでなんとか一命を取り留めた我が子の背中は、どれだけ愛おしく、偉大であったか。

作者の『自解150句選』（北溟社）を読んでいると、上述の結核手術のことや療養所内の俳誌「松濤」のこと、それとは別に波郷や作者が入寮していた南七寮だけの「七曜会」という回覧句会のことも出てくる（波郷の『惜命』の句はこの句会に出されたものが多かったらしい）。また、作者は隣室の赤城さかえとも親しくしていたとか。

波郷も作者も戦地で病を得ている。なかなか時代を感じます。ちょうど終戦日のこの時期ですからとりわけ。

あ、今回はちょっとシリアスな回になりましたね、夕刊紙などといいながら。次回はもうすこし肩の力を抜きたい。抜きます。

（吉田哲二）