ハイクノミカタ

トローチのすつと消えすつと冬の滝 中嶋憲武【季語=冬の滝(冬)】


トローチのすつと消えすつと冬の滝)

中嶋憲武
『祝日たちのために』2019年7月

リフレインが心地よい。あのドーナツ型のトローチが舌で溶け、その甘さが食道をすっと落ちていく感覚が蘇る。薬効成分と思われるケミカルな味と香りがわずかに不快だが、なぜかクセになる。正直喉にそれほど効いているとは思えないのだが、トローチにはツンとしたノスタルジーを感じてしまう。そう言えば、最後にトローチを舐めたのはいつだろう。喉を傷めてばかりいた幼少の頃かも知れない。

そして、頭に浮かんだのは、日光の華厳の滝。この句の言うように、すっと真っ直ぐに凍り付いた厳冬期の姿だ。人によっては、凍滝ではなく心細そうに落ちる一筋の冬の滝を思い浮かべるかも知れない。それもまたすっとした冬の滝の姿で、その枯れ具合も捨てがたい。冬の滝は孤高を持する大人の魅力に満ちている。

冬の句をいくつか。

よるの自習は亀甲のかたちして霙る

風景の歪むと冬蝶逝く構へ

毛髪を忘れ指紋の冬野あるく

山間部昏くわが肉欲の冬の蜂

鷹とゐて眉毛の伸びる時間あり

海鼠腸を夜に侵食されて嚙む

葛湯吹いて馬の体躯の夜がある

憲武さんの作品は、精神と肉体にじわじわ効いてくる。そしてなぜか旅に出たくなる。ノリタケワールドへ、あちら側の世界へ、憲武さんが見ている風景を見に出かけたくなるのだ。その風景の中には掲句の滝もあるだろうから、トローチも持って行った方がいいな。運が良ければ、銅版画制作に勤しむ憲武さんに会えるかも知れない。

『祝日たちのために』 https://toremoro.sakura.ne.jp/book01

とれもろ https://toremoro.sakura.ne.jp/

(近江文代)


『祝日たちのために』↓】


【執筆者プロフィール】
近江文代(おうみ・ふみよ)
1967年埼玉県生まれ。「野火」「猫街」同人。元「船団」会員。現代俳句協会会員。
趣味は筋トレ、スキー、山歩き、宝塚観劇(時々ムラに遠征)。最近マラソンにはまりつつある。2023年には第一句集を出す予定(未定)。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2022年11月の火曜日☆赤松佑紀のバックナンバー】

>>〔1〕氷上と氷中同じ木のたましひ 板倉ケンタ
>>〔2〕凍港や旧露の街はありとのみ 山口誓子
>>〔3〕境内のぬかるみ神の発ちしあと 八染藍子
>>〔4〕舌荒れてをり猟銃に油差す 小澤實
>>〔5〕義士の日や途方に暮れて人の中 日原傳

【2022年11月の水曜日☆近江文代のバックナンバー】

>>〔1〕泣きながら白鳥打てば雪がふる 松下カロ
>>〔2〕牡蠣フライ女の腹にて爆発する 大畑等
>>〔3〕誕生日の切符も自動改札に飲まれる 岡田幸生
>>〔4〕雪が降る千人針をご存じか 堀之内千代

【2022年10月の火曜日☆太田うさぎ(復活!)のバックナンバー】

>>〔92〕老僧の忘れかけたる茸の城 小林衹郊
>>〔93〕輝きてビラ秋空にまだ高し  西澤春雪
>>〔94〕懐石の芋の葉にのり衣被    平林春子
>>〔95〕ひよんの実や昨日と違ふ風を見て   高橋安芸

【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】

>>〔5〕運動会静かな廊下歩きをり  岡田由季
>>〔6〕後の月瑞穂の国の夜なりけり 村上鬼城
>>〔7〕秋冷やチーズに皮膚のやうなもの 小野あらた
>>〔8〕逢えぬなら思いぬ草紅葉にしゃがみ 池田澄子

【2022年9月の火曜日☆岡野泰輔のバックナンバー】

>>〔1〕帰るかな現金を白桃にして    原ゆき
>>〔2〕ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ なかはられいこ
>>〔3〕サフランもつて迅い太子についてゆく 飯島晴子
>>〔4〕琴墜ちてくる秋天をくらりくらり  金原まさ子

【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】

>>〔1〕九月来る鏡の中の無音の樹   津川絵理子
>>〔2〕雨月なり後部座席に人眠らせ    榮猿丸
>>〔3〕秋思かがやくストローを嚙みながら 小川楓子
>>〔4〕いちじくを食べた子供の匂ひとか  鴇田智哉

【2022年6月の火曜日☆杉原祐之のバックナンバー】

>>〔1〕仔馬にも少し荷を付け時鳥    橋本鶏二
>>〔2〕ほととぎす孝君零君ききたまへ  京極杞陽
>>〔3〕いちまいの水田になりて暮れのこり 長谷川素逝
>>〔4〕雲の峰ぬつと東京駅の上     鈴木花蓑

【2022年6月の水曜日☆松野苑子のバックナンバー】

>>〔1〕でで虫の繰り出す肉に後れをとる 飯島晴子
>>〔2〕襖しめて空蟬を吹きくらすかな  飯島晴子
>>〔3〕螢とび疑ひぶかき親の箸     飯島晴子
>>〔4〕十薬の蕊高くわが荒野なり    飯島晴子
>>〔5〕丹田に力を入れて浮いて来い   飯島晴子

【2022年5月の火曜日☆沼尾將之のバックナンバー】

>>〔1〕田螺容れるほどに洗面器が古りし 加倉井秋を
>>〔2〕桐咲ける景色にいつも沼を感ず  加倉井秋を
>>〔3〕葉桜の夜へ手を出すための窓   加倉井秋を
>>〔4〕新綠を描くみどりをまぜてゐる  加倉井秋を
>>〔5〕美校生として征く額の花咲きぬ  加倉井秋を

【2022年5月の水曜日☆木田智美のバックナンバー】

>>〔1〕きりんの子かゞやく草を喰む五月  杉山久子
>>〔2〕甘き花呑みて緋鯉となりしかな   坊城俊樹
>>〔3〕ジェラートを売る青年の空腹よ   安里琉太
>>〔4〕いちごジャム塗れとおもちゃの剣で脅す 神野紗希

【2022年4月の火曜日☆九堂夜想のバックナンバー】

>>〔1〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔2〕未生以前の石笛までも刎ねる    小野初江
>>〔3〕水鳥の和音に還る手毬唄      吉村毬子
>>〔4〕星老いる日の大蛤を生みぬ     三枝桂子

【2022年4月の水曜日☆大西朋のバックナンバー】

>>〔1〕大利根にほどけそめたる春の雲   安東次男
>>〔2〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔3〕田に人のゐるやすらぎに春の雲  宇佐美魚目
>>〔4〕鶯や米原の町濡れやすく     加藤喜代子

【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】

>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸   正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ  正岡子規
>>〔3〕春や昔十五万石の城下哉      正岡子規
>>〔4〕蛤の吐いたやうなる港かな     正岡子規
>>〔5〕おとつさんこんなに花がちつてるよ 正岡子規

【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】

>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる    野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
>>〔3〕春天の塔上翼なき人等      野見山朱鳥
>>〔4〕春星や言葉の棘はぬけがたし   野見山朱鳥
>>〔5〕春愁は人なき都会魚なき海    野見山朱鳥

【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】

>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが  髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた    福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり   兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな     畠山弘

【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり      石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず  有馬朗人
>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛      松本たかし

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 鵙の朝肋あはれにかき抱く 石田波郷【季語=鵙(秋)】
  2. 天高し深海の底は永久に闇 中野三允【季語=天高し(秋)】
  3. 秋蝶のちひさき脳をつまみけり 家藤正人【季語=秋蝶(秋)】
  4. 白息の駿馬かくれもなき曠野 飯田龍太【季語=白息(冬)】
  5. 汽車逃げてゆくごとし野分追ふごとし 目迫秩父【季語=野分(秋)…
  6. 冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ 川崎展宏【冬の季語=冬(冬)】
  7. 暖房や絵本の熊は家に住み 川島葵【季語=暖房(冬)】
  8. 太宰忌や誰が喀啖の青みどろ 堀井春一郎【季語=太宰忌(夏)】

おすすめ記事

  1. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2023年3月分】
  2. 目薬に涼しく秋を知る日かな 内藤鳴雪【季語=秋(秋)】
  3. 耳立てて林檎の兎沈めおり 対馬康子【季語=林檎(秋)】
  4. 【冬の季語】臘梅(蠟梅)
  5. オルゴールめく牧舎にも聖夜の灯 鷹羽狩行【季語=聖夜(冬)】
  6. 神は死んだプールの底の白い線  高柳克弘【季語=プール(夏)】
  7. 水の地球すこしはなれて春の月 正木ゆう子【季語=春の月(春)】
  8. 【冬の季語】浮寝鳥
  9. 【冬の季語】冬桜
  10. 【冬の季語】聖夜劇

Pickup記事

  1. みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何【季語=聖樹(冬)】
  2. しんじつを籠めてくれなゐ真弓の実 後藤比奈夫【季語=真弓の実(秋)】
  3. 室咲きをきりきり締めて届きたり 蓬田紀枝子【季語=室咲(冬)】
  4. 【銀漢亭スピンオフ企画】ホヤケン/田中泥炭【特別寄稿】
  5. 月代は月となり灯は窓となる   竹下しづの女【季語=月(秋)】
  6. 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(4)
  7. 【夏の季語】夏の月
  8. 蝦夷に生まれ金木犀の香を知らず 青山酔鳴【季語=金木犀(秋)】 
  9. 谺して山ほととぎすほしいまゝ 杉田久女【季語=ほととぎす(夏)】
  10. 【冬の季語】漱石忌
PAGE TOP