ハイクノミカタ

星老いる日の大蛤を生みぬ 三枝桂子【季語=蛤(春)】

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星老いる日の大蛤を生みぬ)

三枝桂子
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「ネガティヴ・ケイパビリティNegative capability」とは、英国ロマン派の夭折詩人ジョン・キーツが弟宛に送った手紙の一節にある言葉で、一般に「消極的受容力」などと訳されるが、その本意は「不確実なものや未解決のものを受容する能力」または「答えの出ない事態に耐える力」ということである。

特に文学において、人に偉業を成し遂げしむるもの、かのシェイクスピアが桁外れに有していたもの―それが消極的受容力(ネガティヴ・ケイパビリティ)。短気に事実や理由を求めることなく、不確かさや、不可解なことや、疑惑ある状態の中に人が留まることが出来る時に見出されるものである。

ジョージ及びトマス宛 1817年、『キーツの手紙』

文学上の、または人生における難問(アポリア)に直面した時、それを短絡的に即断せず、不確かな状況を受け入れ、答えの出ない事態に意識的に身を寄せながら心身の柔軟性(フレキシビリティ)を長く保つことの重要さをキーツはあつく説いている。言わば、心的危機とのモラトリアム的共生―ときに無責任や優柔不断のようにも見えながら、その実、大いなる鷹揚を湛えたこのフラジャイルにして懐の深い精神的構えは、今日において、哲学や文学はもとより、社会学や心理学、果ては政治・経済の領域にまで大きな影響を及ぼしている。

ところで、詩作品の価値における迎合的なわかりやすさ、心地よさへの偏重は、俳句界のみならず詩歌界全体において今に始まったことではないが、こと難解さ、不可解さを忌避する傾向は、近年益々強まっているように見える。つまりは詩作品の「わからなさ」に対する向き合い方の拙さ、あるいは耐久性が乏しくなっているということだが、「わからなさ」と相対する方法は他者による教育以上に自らそれを求めていかなければ中々身につかないところがある。それを考える時、身近な例として脳裏に浮かぶのが三枝桂子の俳句行為の変遷である。

清水径子、鳴戸奈菜を中心に創刊された俳誌「らん」の最年少メンバーとして実質的な俳句キャリアをスタートさせた三枝桂子が「LOTUS」同人となったのは約十余年前―それまでの実直な有季定型の句作り一筋から良くも悪くも詩的百家争鳴の「LOTUS」へ参加した頃の三枝の戸惑いの表情が今でも懐かしく思い出されるが、参考までに「らん」時代の彼女の作品を以下に挙げてみよう。

旅人の中を山彦ときに野火
秋の蝉水の音して啼き出せり
稜線をゆく遠吠えの銀やんま
凍蝶は午後の最後の海鳴りか
音もなく弥勒菩薩のような火事

一読、ありきたりの俳句は書くまいという気概が感じられる作品群である。三枝の持ち味である清白さが句姿をすっきりと浮き立たせて破綻がなく、不明な点は皆無と言ってよい。しかし、つぶさに見れば、秘められた自己表出とそれに伴う共鳴欲からくる措辞の甘さが所々に窺えないだろうか。「旅人」の中を「ときに野火」とは言い得て妙だが、振り返って、むしろ「旅人」とは元来そのような複雑な存在ではなかったかという想定内の感懐を抱かざるを得ない。そして、「水の音して/啼き出せり」の幾ばくかの重複感、「稜線をゆく」「午後の」「音もなく」の是非など、作品全体に自意識や心象の投影をはらんだ生身の作者三枝桂子の占有的な気配が免れがたく感じられるのである。従来の俳句評価ならば、むしろそれが作者の人となりを伝える美質や利点として称揚されるのかもしれない。だが、作者の専有物として囲い込まれ、作品世界昇華の契機として他者の読みを招来しない俳句作品の在りようは、詩存在として高くないばかりか有り体に不幸と言ってもよい。それはあたかも、無限の空へ羽ばたこうとする子(=作品)を、居丈高な親(=作者)が頭から抑え込もうとする状況に等しい。

それなりの覚悟を以て「LOTUS」に飛び込んだと思しい三枝は、参加当初より「伊呂波考」というシリーズタイトルで自作を発表し始める。題が示す通り、その句風は作者の「思い」を起点とするのではなく、全き他者としての「言葉」に意識を先鋭化させたもので、そのあらたな俳句構築への熱意と苦しみは傍らから想像するよりほかなかったが、次第にポツポツとそれまで見られなかった不可思議な作品が散見されるに及んで心中密かに快哉を叫んだものである。

一輪の底に荒ぶる朧塚
鵜の国へまずは鏡の間をくぐる
瀧の音近づくむらさき魂むすび
月代に影いちまいや火消し鳥
関守の云うには鮟鱇のくらやみ坂

幸いなことに佳句の条件なるものを知らない。あるいは、世間が求めるような好句・秀作の類いに元来興味がないといった方が正しいが、前掲の句群はそうしたヒューマンな日常性にあふれる好句のレベルを超えて、およそ人外系の妖句・幽句の趣きである。「荒ぶる朧塚」の凄絶と悲哀。彼方「鵜の国」と此方を繋ぐ異次元通路としての「鏡の間」。呪術「魂むすび」の時空を厳かに支配する「瀧の音」と「むらさき」。「月代」に舞う「火消し鳥」とは、怪しい「関守」が語る「鮟鱇のくらやみ坂」とは一体何なのか―そして、掲句「星老いる日の大蛤を生みぬ」の魔的諧謔的ニヒリズム。大いなる滅びを間近に誕生した(カントの「物自体」を彷彿とさせる)この「大蛤」の異様な生々しさと太々しさはどうだろう。生まれたそばからどことなく腐臭が漂っていそうで、およそ食用向きとは思われない。それより何より、此奴、一体如何なる恐るべき蜃気楼を吐き出すのか。あるいは、逆説的にこの世が〝蜃気楼〟であることを暗示するために生み落とされたのだろうか。地上的哀感をはなれて宇宙的存在論(それも悪夢的な)にまで観念の触手をひろげた怪作といってよいだろう(※「蜃」とは、実際は龍などの(みずち)族のことで、蜃気楼が蛤の仕業というのは長く続いた誤解なのだが、ここでは便宜上あえてそれを援用した)。

とまれ、掲句を含む如上の作品を前に、私はいたずらに早急な読み解きに走る気になれない。一読して腑に落ちるような即断的な読みを許容してくれるようには思われないからである。読み手は、一度それらの作品世界に足を踏み入れた瞬間、自らほの昏い詩境の行方不明者となることを覚悟しなければならないだろう。何より特筆すべきは、実作者の不用意な自己表出が窺えないこと、つまり作品世界の背後に生身の三枝桂子(その私情や生活背景)が全く感じられないことである。あるいはナマの作者がどこかに潜んでいるのかもしれないが、「伊呂波考」における三枝桂子は特異な俳句言語とともにあやうい揺らぎを見せながら見事に作品世界への変成を果たしている。いわば、それは「私」を消すことによって「詩」に成ったということである。

「らん」時代の親しみやすい句柄から「伊呂波考」の劇的波瀾へ―そこにあらわれる詩の〈わからなさ〉への向き合い方の変遷を、三枝自身がどれだけ意識しているかはそれこそわからない。ただ、かつての三枝なら忌避していたであろう独特の難語や造語、そして、しなやか且つしたたかな韻律が奏でる「伊呂波考」の世界から朧気に窺い知れるのは、言語に対する、世界に対する、そして何より自身に対する三枝の「まなざし」の批評的変容と、そのプロセスにおける宇宙という大いなる〈(わからなさ)〉の受容ということである。そこで辛抱強く培われてきたものこそが、まさに「不確実なものや未解決のものを受容する能力(ネガティヴ・ケイパビリティ)」に他ならない。

詩作品とは、読み解くのではなく、読み問う(・・・・)ものと思い定めて久しい。ゆえに詩とは、世界に対する、そして何より己に対する永遠の「作麼生(そもさん)」である。そして、詩における〈創造〉とは、美や崇高を構築しそれで終わるのではなく、その構築物を、または構築への意志を、無限の〈問い〉によって突き崩しながらさらなる高みと深さと奥行きと超時間を探究する終わりなき〈移動と視差による批評(トランスクリティーク)〉の謂いに他ならない。三枝は「伊呂波考」において今ようやくそのスタートラインに立った。「自分が言葉によって何を表現するか、ではなく、言葉それ自体が何を語るのか」―かつて三枝自身が嘯いた言葉に導かれて、彼女はこれからも己が詩道を粘り強く突き進むだろう。すなわち、わからない方へ、わからない方へ―

九堂夜想


【執筆者プロフィール】
九堂夜想(くどう・やそう)
1970年青森県生まれ。「LOTUS」編集人。句集『アラベスク』(六花書林)


【九堂夜想の自選10句★】

上つ世の神酒(ソーマ)つめたき月かげろう

さすらいの天深くして祖語や蛇

蝶や果つなべて旅人算の()

尿して死地かがやかす常おとめ

蛇やいま砂漠に果たす言結び

朱の薄れゆく螢惑を鳴くや砂

血紅のライチ月にも海嘯が

木鼓(タムタム)や日をさかのぼる殯舟

なべて悲は蛇に乗り移らんと風

あゝ神酒(ソーマ)みな了りつつ日の戯え


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2022年4月の火曜日☆九堂夜想のバックナンバー】

>>〔1〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔2〕未生以前の石笛までも刎ねる    小野初江
>>〔3〕水鳥の和音に還る手毬唄      吉村毬子

【2022年4月の水曜日☆大西朋のバックナンバー】

>>〔1〕大利根にほどけそめたる春の雲   安東次男
>>〔2〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔3〕田に人のゐるやすらぎに春の雲  宇佐美魚目

【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】

>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸   正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ  正岡子規
>>〔3〕春や昔十五万石の城下哉      正岡子規
>>〔4〕蛤の吐いたやうなる港かな     正岡子規
>>〔5〕おとつさんこんなに花がちつてるよ 正岡子規

【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】

>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる    野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
>>〔3〕春天の塔上翼なき人等      野見山朱鳥
>>〔4〕春星や言葉の棘はぬけがたし   野見山朱鳥
>>〔5〕春愁は人なき都会魚なき海    野見山朱鳥

【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】

>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが  髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた    福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり   兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな     畠山弘

【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり      石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず  有馬朗人
>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛      松本たかし

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


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