ハイクノミカタ

骨拾ふ喉の渇きや沖縄忌 中村阪子【季語=沖縄忌(夏)】


骨拾ふ喉の渇きや沖縄忌

中村阪子
(瀬底月城『沖縄奄美 南島俳句歳時記』1995年)


今日6月23日は、沖縄慰霊の日。なので、この日が沖縄戦終結の日なのかと思っていたのだけれど、違った。降伏を決めた軍司令官が自決したのがこの日とされ、その後も散発的な抵抗は各地で続いたようで、引用元の『沖縄・奄美 南島俳句歳時記』には、「正式に南西諸島の全日本軍を代表して無条件降伏したのは九月七日」とあり、なんと玉音放送よりも遅いのです。不勉強が恥ずかしい。この辺の歴史の詳細は専門書の類にお任せするしかないが、同歳時記の「沖縄忌」の解説も当然ながら犠牲者の数まで含め解説が詳しい。そこで気になってくるのが、いわゆる大歳時記の類の解説がどうなっているのか、です。1973年7月刊行の『図説俳句大歳時記 夏』(角川)には、なんと立項がなかった。1982年4月刊行の『カラー図説 日本大歳時記 夏』(講談社)にも、立項がないので驚きました。ちなみに、1972年の沖縄返還以前からこの慰霊の日はあるのです。ということは、大歳時記初の立項は、旧版『角川俳句大歳時記 夏』(2006年)ということになるのでしょう。そもそも「〇〇忌」などは季語とすべきではない、という議論なども仄聞するので、歳時記に載りにくい性質をもつものだったとしても、これは驚きました。以下、旧版の題・傍題と解説文のみを引用します(電子辞書版より)。

「沖縄忌 慰霊の日」「解説 六月二三日の沖縄県慰霊の日。第二次世界大戦末期、沖縄では日米最後の地上戦が行われた。中等学校や女学校の生徒まで根こそぎ動員され、正規軍より一般住民の犠牲が多いという凄絶な戦闘で、住民の四分の一が亡くなった。昭和二〇年六月二三日、沖縄軍司令官が摩文仁岬(まぶにみさき)で自決し沖縄守備軍は壊滅。この日を沖縄では「慰霊の日」と決め、二十数万の戦没者を慰める日とした。摩文仁の平和記念公園で沖縄全戦没者追善式が催される。半世紀を経た今も多くの遺骨が見つかっていない(柴田佐知子)」

そして、この夏改訂されたばかりの『新版 角川俳句大歳時記 夏』も確認してみましょう。

沖縄慰霊の日 沖縄忌 慰霊の日 沖縄慰霊の忌」「解説 六月二三日。第二次世界大戦末期、沖縄では日米最後の地上戦が行われた。中等学校や女学校の生徒まで根こそぎ動員され、凄絶な戦闘で、一般住民約一〇万人を含む二〇万人以上の戦死者を出した。昭和二〇年六月二三日、沖縄軍司令官が摩文仁岬で自決し、沖縄守備軍は壊滅。この日を沖縄では「沖縄慰霊の日」と定め、摩文仁の平和記念公園で沖縄全戦没者追善式が催される。(柴田佐知子)

まず、「〇〇忌」への批判を考慮したものか、立項題が「沖縄慰霊の日」に変更されていますね。ちなみに前者の例句は4句しかないのに比し、後者は10句と増加していて、重複は一句のみ。比較してみると、「正規軍より一般住民の犠牲が多いという」、「住民の四分の一が亡くなった」、「半世紀を経た今も多くの遺骨が見つかっていない」がカットされ、「一般住民約一〇万人を含む二〇万人以上の戦死者を出した。」と、軍民の死者が丸められていることがわかります。その後の調査で犠牲者の数が変わってくることはあると思うので、その辺の修正はあってしかるべきだけど、「正規軍より一般住民の犠牲が多い」は、なんでカットされたんだろうとか、遺骨はもうすっかり見つかったのでしたっけ、などと考えると、なんだかもやもやしてしまいます。なお、『沖縄・奄美 南島俳句歳時記』は35の例句を収めていて、大歳時記と重複する句はなかったと思います(作者はあり)。

橋本直


【この夏改訂されたばかりの『新版 角川俳句大歳時記 夏』はこちら↓】

【復刻版『沖縄・奄美 南島俳句歳時記』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


【橋本直のバックナンバー】

>>〔89〕洗顔のあとに夜明やほととぎす   森賀まり
>>〔88〕洗顔のあとに夜明やほととぎす   森賀まり
>>〔87〕六月を奇麗な風の吹くことよ    正岡子規
>>〔86〕梅雨の日の烈しくさせば罌粟は燃ゆ 篠田悌二郎
>>〔85〕麦からを焼く火にひたと夜は来ぬ 長谷川素逝
>>〔84〕「ワイシャツのアイロンがけをしてほしい」夫に言われた妻の衝撃 片岡絢
>>〔83〕体内の水傾けてガラス切る      須藤徹
>>〔82〕湖の水かたふけて田植かな     高井几董
>>〔81〕スタールビー海溝を曳く琴騒の   八木三日女

>>〔80〕鯛の眼の高慢主婦を黙らせる    殿村菟絲子
>>〔79〕あたゝかな雨が降るなり枯葎     正岡子規
>>〔78〕目つぶりて春を耳嚙む処女同志     高篤三
>>〔77〕名ばかりの垣雲雀野を隔てたり     橋閒石 
>>〔76〕春宵や光り輝く菓子の塔       川端茅舎  
>>〔75〕特定のできぬ遺体や春の泥       高橋咲
>>〔74〕炎ゆる 琥珀の/神の/掌の 襞/ひらけば/開く/歴史の 喪章 湊喬彦
>>〔73〕杜甫にして余寒の詩句ありなつかしき  森澄雄
>>〔72〕野の落暉八方へ裂け 戰爭か     楠本憲吉
>>〔71〕寒天煮るとろとろ細火鼠の眼    橋本多佳子
>>〔70〕ばばばかと書かれし壁の干菜かな            高濱虚子
>>〔69〕大寒の一戸もかくれなき故郷     飯田龍太
>>〔68〕付喪神いま立ちかへる液雨かな     秦夕美
>>〔67〕澤龜の萬歳見せう御國ぶり      正岡子規
>>〔66〕あたゝかに六日年越よき月夜    大場白水郎
>>〔65〕大年やおのづからなる梁響      芝不器男
>>〔64〕戸隠の山より風邪の神の来る    今井杏太郎
>>〔63〕天籟を猫と聞き居る夜半の冬     佐藤春夫
>>〔62〕暗闇の眼玉濡さず泳ぐなり     鈴木六林男
>>〔61〕ラーメン舌に熱し僕がこんなところに 林田紀音夫
>>〔60〕冬真昼わが影不意に生れたり     桂信子

>>〔59〕雛飾る手の数珠しばしはづしおき 瀬戸内寂聴
>>〔58〕枯芦の沈む沈むと喚びをり      柿本多映
>>〔57〕みかんいろのみかんらしくうずもれている 岡田幸生
>>〔56〕あきかぜの疾渡る空を仰ぎけり  久保田万太郎
>>〔55〕自動車も水のひとつや秋の暮     攝津幸彦
>>〔54〕みちのくに生まれて老いて萩を愛づ  佐藤鬼房
>>〔53〕言葉がわからないので笑うてわかれる露草咲いてゐる 種田山頭火
>>〔52〕南海多感に物象定か獺祭忌     中村草田男
>>〔51〕胡桃割る胡桃の中に使はぬ部屋    鷹羽狩行
>>〔50〕ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ  なかはられいこ
>>〔49〕彎曲し火傷し爆心地のマラソン    金子兜太
>>〔48〕蜩やチパナスのあたり雲走る     井岡咀芳
>>〔47〕日まはりは鬼の顔して並びゐる    星野麦人
>>〔46〕わが畑もおそろかならず麦は穂に  篠田悌二郎
>>〔45〕片影にこぼれし塩の点々たり     大野林火
>>〔44〕もろ手入れ西瓜提灯ともしけり   大橋櫻坡子
>>〔43〕美しき緑走れり夏料理        星野立子
>>〔42〕遊女屋のあな高座敷星まつり     中村汀女
>>〔41〕のこるたなごころ白桃一つ置く   小川双々子
>>〔40〕海女ひとり潜づく山浦雲の峰     井本農一

>>〔39〕太宰忌や誰が喀啖の青みどろ    堀井春一郎
>>〔38〕草田男やよもだ志向もところてん    村上護
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>>〔36〕棕梠の葉に高き雨垂れ青峰忌    秋元不死男
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>>〔26〕花の影寝まじ未来が恐しき      小林一茶
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>>〔24〕白梅や天没地没虚空没        永田耕衣
>>〔23〕隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな  加藤楸邨
>>〔22〕幻影の春泥に投げ出されし靴     星野立子
>>〔21〕餅花のさきの折鶴ふと廻る       篠原梵

>>〔20〕ふゆの春卵をのぞくひかりかな    夏目成美
>>〔19〕オリヲンの真下春立つ雪の宿     前田普羅
>>〔18〕同じ事を二本のレール思はざる    阿部青鞋 
>>〔17〕死なさじと肩つかまるゝ氷の下    寺田京子
>>〔16〕初場所や昔しこ名に寒玉子     百合山羽公
>>〔15〕土器に浸みゆく神酒や初詣      高浜年尾
>>〔14〕大年の夜に入る多摩の流れかな   飯田龍太
>>〔13〕柊を幸多かれと飾りけり       夏目漱石
>>〔12〕杖上げて枯野の雲を縦に裂く     西東三鬼
>>〔11〕波冴ゆる流木立たん立たんとす    山口草堂
>>〔10〕はやり風邪下着上着と骨で立つ    村井和一
>>〔9〕水鳥の夕日に染まるとき鳴けり    林原耒井
>>〔8〕山茶花の弁流れ来る坂路かな     横光利一
>>〔7〕さて、どちらへ行かう風がふく     山頭火
>>〔6〕紅葉の色きはまりて風を絶つ     中川宋淵
>>〔5〕をぎはらにあした花咲きみな殺し   塚本邦雄
>>〔4〕ひっくゝりつっ立てば早案山子かな  高田蝶衣
>>〔3〕大いなる梵字のもつれ穴まどひ     竹中宏
>>〔2〕秋鰺の青流すほど水をかけ     長谷川秋子
>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


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