ハイクノミカタ

大年やおのづからなる梁響 芝不器男【季語=大年(冬)】


大年やおのづからなる梁響

芝不器男
(『芝不器男句集』1965年)

去る12月24日、若手俳人の登竜門として知られる芝不器男俳句新人賞の第六回の募集が始まることが公式HPで発表された。詳細はこれからのようだが、どうやら従来より年齢制限が少しだけゆるくなったらしい。芝不器男俳句新人賞は俳句の世界において、その志ある人は応募しないわけにはいかない、という賞の一つだろう。とはいえ賞に対する態度は人それぞれ(個人的には興味がない)。かように「若者」に特化したということについて考えると、俳句に限らず様々なジャンルで危機感をもった大人が、若者向けに賞を設けることでその枠の中での成長の階段を用意し、そこにブームを起こそう(あるいは生き残りを賭けよう)とするゼロ年代以降(というより1997年の少子高齢化社会の到来以降というべきか)に増えた世間の風潮の一環とみることができるだろうか。もちろんあとから出来た賞に名を冠されたからといって、芝不器男その人の作品と賞とはなんの関係もないんだけど、実際の所、賞が設けられて以降、不器男の句は世間でどれくらい読まれてきたのかということは、個人的に気になるポイントです。

さて、掲句は昭和40年に佐賀多代子なる人物が不器男の義姉と姪の許可を得て句集から写して出版し、頒布すると後書きにある非売品の句集から取った。そこから類推して不器男の句集が読もうにも読めないことを惜しんで自弁で製作した個人の仕事のようなのだが未詳。写し元の句集は基本、青空文庫に収められているものの底本と同じ(『芝不器男句集』昭和9年初版・同22年復刊のどちらか)であろう。奥付がないのでどこで印刷されたものかも解らないが、後書きおよび入手先からして愛媛県内と思われる。同様に愛媛では何度か限定出版で不器男の句集が出ている(手元には四種ある)ということが、地元松野町の教育委員会が編んだ『芝不器男句集』に書いてあるが、今回の引用元の句集の情報はない。

さて、あらためて掲句について。現在芝不器男記念館になっている生家は大変立派な構えの邸宅で、梁は太い。掲句がそれを詠んだ句かどうかは未詳だが、発表初出は昭和二年三月号の「天の川」なので、前年の大晦日とするなら時期的には実家にいたころであり、もし実家ならば、その音は大きかったはずで、思わずハッとしたことだろう。一般に木材は温度や湿度で微妙に変化するし、梁は家の上部の重さを支えているから、大げさに言えば地殻運動と同じで、ある瞬間に接続する他の材とずれて自ずから音を立てることがある。作者はその音を捉えまえて、「梁響」というのである。送り仮名がないから「はりひびき」と読めばよいだろう。調べた範囲ではそんな熟語はないから、不器男の造語であり、季語「大年」と取り合わせてあると、あたかも一年の終わりに一年分のたわみを元に返したかのようだ。ともあれ、「梁響」という造語には、木材の持つ自然の力とか、それを組み合わせた木造建築の構造に対する新鮮な認識が込められているように思われる。

橋本直


【橋本直のバックナンバー】

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>>〔63〕天籟を猫と聞き居る夜半の冬     佐藤春夫
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>>〔61〕ラーメン舌に熱し僕がこんなところに 林田紀音夫
>>〔60〕冬真昼わが影不意に生れたり     桂信子
>>〔59〕雛飾る手の数珠しばしはづしおき 瀬戸内寂聴
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>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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