運動会午後へ白線引き直す 西村和子 【季語=運動会(秋?)】

運動会午後へ白線引き直す 
西村和子

 筆者が今原稿を書いている5月中旬、近所の小学校・中学校では運動会が行われている。……と、書くと「おや?」と首をかしげる読者もいるかもしれない。確かに運動会と言えば、かつて9月~10月に行われた経験を持つ人が多く、歳時記にも秋の季語として掲載されている。会社や地域の町内会連合などで運動会を開催することも珍しくはなかった時代には、公立小学校の運動会に便乗する形で地域住民が参加する競技種目が設けられることもあり、運動会当日は学校関係者だけでなく近隣に住む人たちも出入りしていたという。(昨今の学校のセキュリティ事情を考えると驚くようなおおらかさである)。秋に運動会を開催することは、気候がよく子どもたちが運動をするのに適しているとされていただけでなく、農繁期を避けた秋であれば、地域住民や保護者も比較的余裕があって参加しやすい、学校側も夏休み明けから準備期間を確保しやすいという利点もあった。
 ところが、2020年代に入ると気候変動の影響により秋になっても気温が高いままの日が増え、戸外での運動は熱中症のリスクが指摘されるようになる。同時に秋の台風シーズンとも重なり天候による延期や中止のリスクもある。これに対し、新学期が始まってから少し経って子どもたちも落ち着く頃の5月は、比較的気候が安定している上にスケジュール管理がしやすいという理由から、運動会が秋から移動する学校が増えてきた。
 加えて、新型コロナウィルスの感染拡大が重なった時期は、過密になることを避けるためにプログラムを短縮するなどの工夫をして午前中のみの開催とする学校が多かった。親子で弁当を囲む昼休憩もなくなり、地域によっては、仕事や経済的な事情から保護者が弁当を用意できない家庭への配慮から、児童たちは一律学校給食を食べてから下校するというケースもあったという。掲句のような「午後へ白線」は、現代の子どもたちにとって景を思い描けない言葉となってしまったのだ。

運動会授乳の母をはづかしがる  草間時彦

 この句に描かれた景も、かつて親と一緒に弁当を囲んだ昼休憩の経験がなければ理解できないだろう。晩婚化と少子化の進む現代は、一人っ子または子ども二人、多くてもせいぜい三人の家庭が主流で、母親の授乳姿を恥ずかしいと感じるような思春期にさしかかった小学5・6年生の児童に1歳前後の乳児の弟や妹がいるケースは、非常に稀になってしまった。
 季節も先行する名句の景も、もはや若い世代とは共有できなくなりつつある季語、「運動会」。この先20年、30年後に「かつては秋であったが」という一文付きで初夏に分類されるのか、はたまた、現実とはズレがあるけれど、秋として解釈したり作句したりしましょうという「お約束事」として、秋の頁に残り続けるのか。今後、歳時記を注意深く見守りたい。

渡部有紀子


【執筆者プロフィール】
渡部有紀子(わたべ・ゆきこ)
天為」同人。第37回俳壇賞、第9回俳人協会新鋭評論賞第1句集『山羊の乳』(第1回初花賞)。俳人協会会員。藤沢市俳句協会会員。



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