ハイクノミカタ

蜩や久しぶりなる井の頭      柏崎夢香【季語=蜩(秋)】


蜩や久しぶりなる井の頭

柏崎夢香(かしわざき・むこう))


あっという間に九月が終わりに近づく今週、この連休というのはありがたいけれど実に曲者で。併せて9月10日から10月2日までは水星逆行の期間。水星逆行、これまでも何度か触れてきているけど、西洋占星のなかで、(私の理解では)行き来するもの、例えば往来、対話、通信、運行、運営など、通常するする進んでいるものが、異常をきたしやすい時期とされている。

これを教えてもらって気を付け始めたのは数年前からだけど、この時期が迫ってくると物をなくす人がいたり、大手通信会社の大規模障害が起きたり、逆に珍しい人に再会したり、うまいこと新たな縁をつなげたり、なくしものが出てきたりすることが確かにある。

蜩や久しぶりなる井の頭

そんな今回の水星逆行の始まりのある日、井の頭公園での吟行句会に誘っていただいた。もう20年以上も前から知っていて、句会が別々になり、また一時体調を崩されるまで、すごく親しくしていた方が主宰をされている会に、友人が入ったことでご縁が復活し、誘ってくださったもの。まさに、水星逆行の明るい面を表す一事だ。

数週間前の、その日の井の頭公園は、蜩も、夏から鳴き続ける蟬も、さまざまの虫も、本当によく聞こえた。その日の吉祥寺は秋祭だったこともあって、公園は少しすいていたのかもしれない。今週の気温からは考えられないくらいまだまだ暑かったけれど、空気はよく澄んで、動物も植物も、水も風も近くにあった。

「井の頭」は、鷹狩に訪れた徳川家光が、勢いのある湧水を見て名付けたとのこと。ネーミングセンスについては深く考えないことにして、それが今も人びとを集める人気のエリアの名称となっているのだから、きっと家光に命名してもらってよかったのだろう。おかげで、「イノヘッド」(頭→ヘッド)という呼ばれ方があるようだけれど、これが案外、家光の感覚に近いんじゃないかなどと…。

先に着いていたその人を見つけた瞬間から、10年近くぶりの会わなかった時間は失せ、昨日の続きのようにあれは何でしょうね、あんなところにこんなものがありますよと吟行の時間が始まる。2時間ほどの吟行の後の句会は、ほとんどがその句会で俳句を始めた方で15名ほど、初めて会う方が多いにもかかわらず、雰囲気も句もなぜか懐かしい。会の主宰は初心のころに句座を共にした人、その人のもとで俳句を始めた人の集まりには、きっと何か共通のものがあるのだろう。

夢香は明治19年、栃木県下都賀郡の生まれ、小学校教員ののち大蔵省専売局に移り上京、同人句集のころは戸越に住んだ。確かに戸越からは少し遠い。

それにしても、夢香のこの何でもないさらっとした句だけれど、何十年もを経た今、このタイミングで目にすると、不思議に染み渡り、蜩も、久しぶりも、井の頭も、互いに支えあうにはこれしかないような気がしてくるもの。そういうところも、水星逆行の出会いなのかもしれない。

逆行抜け(という言葉は特にありません、造語です)まであと1週間ほど、気を付けつつ、よい再会も訪れますように。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


金曜日の種本はこちら↑(早い者勝ちです)

【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔103〕おやすみ
>>〔102〕月代は月となり灯は窓となる         竹下しづの女
>>〔101〕おやすみ
>>〔100〕おやすみ
>>〔99〕おやすみ
>>〔97〕七夕のあしたの町にちる色帋               麻田椎花
>>〔96〕大阪の屋根に入る日や金魚玉                 大橋櫻坡子
>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて          柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く                  原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり            江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも             石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり                    奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る     日原方舟
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり  千原草之
>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな   久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな     石田雨圃子
>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと    高田風人子
>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり   久保ゐの吉
>>〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵   松尾いはほ
>>〔81〕纐纈の大座布団や春の宵      真下喜太郎

>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る  深見けん二
>>〔79〕夜着いて花の噂やさくら餅      關 圭草
>>〔78〕花の幹に押しつけて居る喧嘩かな   田村木國
>>〔77〕お障子の人見硝子や涅槃寺      河野静雲
>>〔76〕東京に居るとの噂冴え返る      佐藤漾人
>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる     稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ      山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫    藤田春梢女
>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠    池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松     大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ      三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな    山崎楽堂
>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る     高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ  深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな     片岡奈王
>>〔63〕茎石に煤をもれ来る霰かな      山本村家
>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く    瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影      浅野白山
>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも  京極杞陽

>>〔59〕一陣の温き風あり返り花       小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな   皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ      清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜     成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり   山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠     齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
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>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
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>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
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>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
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>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女

>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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