ハイクノミカタ

麦藁を束ねる足をあてにけり   奈良鹿郎【季語=麦藁(夏)】


麦藁を束ねる足をあてにけり

奈良鹿郎(なら・しかろう)


さっき夕飯を食べた後に見た、ドラマの中の法医学者ばりに手を洗った水を肘で止め、きれいなタオルで拭いて、肘で押してアルコール消毒。さて、検視…ではなく…

麦藁帽に麻のスーツ、水色のシャツに明るい色の革の鞄。旅から帰ったばかりの人に固有の開放感のある空気をまとって、鞄から取り出して手渡されたのは…青梅!

というわけで、人生初の梅を漬けております。梅がもらえるとわかってからの準備のほとんどの時間を、リサーチに費やしたところ、(私は)作っても梅酒を飲まないのではないかという助言(かなりありました)に従って、梅ジュース(シロップ)を作ります。これなら炭酸で割ったりして日中に飲むかもしれないから。

さて、梅の蔕を取って、洗って、拭いて、風に当てて。意外とわたし要領いいなと、思い始めた矢先の、瓶の煮沸…。め、め、め、めんどくさすぎる、そんな大きい鍋、家に一つしかないし、瓶三つ(梅は3キロありました)も順番に茹でるなんて、しかも今日は熱帯夜の予報もあるのにー。と、スマホの中から、熱湯を瓶の壁に流し、きれいな布巾、次にアルコールの布巾で拭きあげて煮沸の代わりにする方法を見つけます。消毒用アルコールはあるし、力も少しでいい。よーし、わたし割と要領いいわ…

麦藁を束ねる足をあてにけり

と思っているからこそ、この句に眼が惹きつけられたのだろうか。そう、これは要領の句。広がっていこうとする乾いて勢いのいい麦藁を紐で束ねるには、手だけでなく、足を使いたい。

よし、足使おうなどと、考える間もなく、すんなりとベストのタイミングで差し出してあてがわれた足。それなのに、この句がちょっとおかしいのは、「束ねる」という手を思わせる動詞に、突然足が登場する驚きによるものだろう。

何の前触れもなく、説明もなく、突然現れた足は、それでいて何か重大な動きを見せるわけではなく、「あて」られただけ。なんだ、あてるだけなのかと、侮るなかれ。そのすこしのサポートが、力点が、藁をきちんと束ねさせ、使いやすくするのだ。

あの青梅を運んできた麦藁帽の藁も足をあてて束ねたんだろうか。

週末の東京は暑くなるそう。お出かけには帽子をお忘れなく。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


金曜日の種本はこちら↑(早い者勝ちです)

【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る     日原方舟
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり  千原草之
>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな   久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな     石田雨圃子
>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと    高田風人子
>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり   久保ゐの吉
>>〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵   松尾いはほ
>>〔81〕纐纈の大座布団や春の宵      真下喜太郎

>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る  深見けん二
>>〔79〕夜着いて花の噂やさくら餅      關 圭草
>>〔78〕花の幹に押しつけて居る喧嘩かな   田村木國
>>〔77〕お障子の人見硝子や涅槃寺      河野静雲
>>〔76〕東京に居るとの噂冴え返る      佐藤漾人
>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる     稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ      山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫    藤田春梢女
>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠    池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松     大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ      三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな    山崎楽堂
>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る     高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ  深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな     片岡奈王
>>〔63〕茎石に煤をもれ来る霰かな      山本村家
>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く    瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影      浅野白山
>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも  京極杞陽

>>〔59〕一陣の温き風あり返り花       小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな   皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ      清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜     成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり   山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠     齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
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>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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