ハイクノミカタ

茎石に煤をもれ来る霰かな 山本村家【季語=茎石(冬)】


茎石に煤をもれ来る霰かな

山本村家(やまもと・そんか)まさとし))


寒い、寒いよ。

こちらを読んでくださる方は、私が暑さを友とし、寒いのが苦手なことはもうおわかりと思うけれど、本当に苦しい季節がやってまいりました。ここから冬至を越えて、一陽来復を祝い、お正月は家にこもってやり過ごし、大寒にくはばらとか言い、雨水を迎えるまで、ネガティブ思考に陥らないように注意しいしい暮らす。

はしゃいだ次の日は特に。二日酔いにはあまりならないけれど、ギャップで落ち込んだりしないように。

というようなことを言うと、ずいぶん驚かれることもあるのですが、そんなに人間はいつも元気でいられるわけではないし、そんなに落ち込んだ姿を必ず人に見せているとも限らない。

というようなことを、もう一度考えさせられる「プロフェッショナル 仕事の流儀 夏井いつき編」。落ち込んで立ち上がれない朝は、もちろん描かれてはいない。

という具合に、もちろんまじめに見てたんですが、最後の最後の長回しのときに、ふっと意識が別に向いてしまって、気づいたらもうセリフがわからないほど進んでいて、あーまたやっちゃったーってなる。今回の原因は背景に映っているウイスキーの品揃え。

わー、知多も白州もある(白州は蒸留所を訪ねた時も本数が少なくて、仲間内の競争に負けて買えなかったのだ)、ボウモアも…。と思っているうちに、俳壇に出される十句がまとまっていて、そのいきさつはすっかり聞き逃した。その後、もちろん巻き戻して観ましたが、もう数度ウイスキーチェックに費やしてしまい、本当にセリフを聞いたときは、それは集中した瞬間でしたとさ(夏井さん、関係者のみなさん、ごめんなさい。再放送は12月14日(火)です)。

茎石に煤をもれ来る霰かな

茎石は茎漬をつけるときの重石。茎漬は、実ではなくて茎や葉の漬物の総称。茎と石をつなぐ「漬ける」という動作が、茎石では省略されているので、何か唐突な印象が否めない。ちなみに押されて出てきた水が茎水。茎を石で押して漬けて出てきた水を、茎水というのはもっと無理がある気がしてしまう。

というのはさておき、茎石はわかった。では、次は「煤をもれ来る」だ。煤というのは、マッチとかろうそくとかを燃やすとでてくる黒い…煤なんですが、何というか、硝子を煤で染めてそれで日蝕なんか見たりした。ってのは、一般的な記憶だろうか、ドラマで見たりして覚えてるだけだろうか。

というのはさておき、蝋燭か何か、煤を出すものがあって、その黒い幕をくぐって現れるのが「煤をもれ来る」ことだろう。

では、何が、といえば霰。もれ来るという言葉に対して、霰はずいぶんとしっかりした硬さのものだけれど、黒の煤に対して白の霰はくっきりと見え、また、煤と霰という全く硬さの違う二つを「もれ来る」としてつなぐからには、煤の濃さ、霰の細かさが推測されはしないだろうか。

という、背景の濃淡に思いを馳せていると…あれ、最初なんだっけ、ああ、茎石だ茎石、茎石ってなんだっけ、そうだ、茎漬を漬けるときの重石で、重石によって出てくる水が茎水だった。茎水ってねえ、ちょっと乱暴な名前の付け方だよね、ところで、茎石がどうしたんだっけ、だから煤、煤っていうのは煙でも灰でもなくて、あの硝子とかについて…。

という具合に、背景に気が散るとなかなか内容が入ってこない代わりに、延々と味わい続けられるという、永久機関についてのお話でした。

山本村家は明治十六年、島根の生まれ。十六歳より俳句を始め、終始一貫ホトトギスを師友とした。生計は二十歳から四十歳まで小学教師を勤め、退職後、家業である農業に転じた。

ここでの「終始一貫ホトトギスを師友とし」というのは、本人の紹介文から抜いたものだが、すこし気になる言いかただ。師友とするとは、師とも友とも、あるいは、師とするほどの友人のことを主に差す。ここに「ボールは友達」(キャプテン翼)の原点を見てしまうのは私だけだろうか。あれなんだっけ、そうそう山本村家だ…。

週末も冷えるようだ。村家風に言えば、ひざ掛けとウイスキーと、猫か、でなければ推理小説を師友として、あたたかな週末を。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く    瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影      浅野白山
>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも  京極杞陽
>>〔59〕一陣の温き風あり返り花       小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな   皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ      清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜     成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり   山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠     齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉
>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女


>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 片足はみづうみに立ち秋の人 藤本夕衣【季語=秋(秋)】
  2. 一月や去年の日記なほ机辺     高濱虚子【季語=一月(冬)】
  3. おそろしき一直線の彼方かな 畠山弘
  4. 耳立てて林檎の兎沈めおり 対馬康子【季語=林檎(秋)】
  5. かき氷日本を捨てる話して 橋本直【季語=かき氷(夏)】
  6. 田に人のゐるやすらぎに春の雲 宇佐美魚目【季語=春の雲(春)】
  7. 卯月野にうすき枕を並べけり 飯島晴子【季語=卯月(夏)】
  8. 春の水とは濡れてゐるみづのこと 長谷川櫂【季語=春の水(春)】

おすすめ記事

  1. ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ なかはられいこ
  2. 懐手蹼ありといつてみよ 石原吉郎【季語=懐手(冬)】
  3. 冬の鷺一歩の水輪つくりけり 好井由江【季語=冬の鷺(冬)】
  4. 【冬の季語】年逝く(年行く)
  5. 【冬の季語】鯛焼
  6. 【冬の季語】鬼やらう
  7. しろい小さいお面いっぱい一茶のくに 阿部完市
  8. 肉声をこしらへてゐる秋の隕石 飯島晴子【季語=秋(秋)】
  9. 告げざる愛地にこぼしつつ泉汲む 恩田侑布子【季語=泳ぐ(夏)】
  10. 【冬の季語】浮寝鳥

Pickup記事

  1. シゴハイ【第2回】青柳飛(会議通訳)
  2. ひるすぎの小屋を壊せばみなすすき 安井浩司【季語=すすき(秋)】
  3. 【秋の季語】秋の空
  4. 【復活?】神保町に銀漢亭があったころ【目次】
  5. 【冬の季語】冬麗
  6. くしゃみしてポラリス逃す銀河売り 市川桜子【季語=くしゃみ(冬)】
  7. 神保町に銀漢亭があったころ【第14回】辻村麻乃
  8. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2023年9月分】
  9. その朝も虹とハモンド・オルガンで 正岡豊
  10. 【秋の季語】山椒の実
PAGE TOP