ハイクノミカタ

子規逝くや十七日の月明に 高浜虚子【季語=月明(秋)】


子規逝くや十七日の月明に

高浜虚子たかはま・きよしまさとし))


今週の日本は月曜(敬老の日)と木曜(秋分の日)が休み。敬老の日が9月15日だった頃が身についている世代にとっては、6日遅れの敬老の日はなんだか偏ったような気もありながら。ちなみに、9月15日はアガサ・クリスティーの誕生日。老獪な名探偵を数多く描いたクリスティーの誕生日の方が、敬老の日にも向いているような気がするんだがなあ。

「15日の敬老日」を体が覚えている一方で、月曜の祝日にも少し体が慣れてきてしまって、あっという間に三連休は過ぎにけりで、そのあと数日もあわただしく、中秋の名月もちらっと見かけただけで、やっと秋分の日に息をついて、もう働く気なんてほとんどなくなっている金曜ですよ。

今年は中秋の名月と満月が重なった何十何年ぶりの年だそうで、ずいぶん世間の注目も高かった模様ですが、それが重なることにどういうめでたさがあるのか、ついぞわからず過ぎにけり…。というのも、ワタクシ、月を見上げる理由は、たくさんあった方がいい気がする結局飲んでる派だからなのですが、今年に限ってその数日は慌ただしく、十六夜から参加しけり。

 子規逝くや十七日の月明に

これからしばらく十〇夜だーと思うと、急に気になりだすこの句。昨日の橋本直さんにもあったように、正岡子規忌は9月19日であって、この十七日はうしろの「月明」とひとかたまりになって、月齢、つまり旧暦の中秋十七日の月のこと。であれば、ということで、お世話になります「旧暦カレンダ―」。1902年の9月19日は旧暦8月18日、未明の午前1時に亡くなった子規は、前夜に出た旧暦17日の月明の中に息を引き取った。

多くの背景やその後の物語を引き連れるこの句。いまさら付け加えることもないのだけれど、改めて感じるのは、新暦は日中を基準に進む暦であって、旧暦は月を基準に過ぎる暦だということ。ついつい、ワタクシタチは、新暦を基準に、この日は旧暦では何日に当たるなどと置きかえて考えがちだけれど、新月から何日目の月かということが、旧暦の基準。とすれば、新暦1902年9月19日の午前1時は、なお、旧暦の8月17日なのだろう。

今年の旧暦8月17日は新暦9月23日の、夜の月。とすれば、これがアップされる1時はまさに「十七日の月」が上がっている。正岡子規の旧暦の命日は、今日9月24日になる。といって、今の月の様子を見て、こんな月だったのだなあと思うのは少し話が違って、満月と中秋の名月は必ずしも重なるわけではないという最初の話に。というわけで、お世話になります「満月カレンダー」、1902年9月は18日から19日にかけての夜が満月であったそう。ハーベストムーンなんていう、注釈も出ている。そりゃ、明るいわけですよ。

『高濱虚子句集 遠山』(2012年)深見けん二編

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉
>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女


>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 自動車も水のひとつや秋の暮 攝津幸彦【季語=秋の暮(秋)】
  2. 夕づつにまつ毛澄みゆく冬よ来よ 千代田葛彦【季語=冬隣(秋)】
  3. 最終回みたいな街に鯨来る 斎藤よひら【季語=鯨(冬)】
  4. 杖上げて枯野の雲を縦に裂く 西東三鬼【季語=枯野(冬)】
  5. 休みの日晝まで霜を見てゐたり 永田耕衣【季語=霜(冬)】
  6. 洗顔のあとに夜明やほととぎす 森賀まり【季語=ほととぎす(夏)】…
  7. まはし見る岐阜提灯の山と川 岸本尚毅【季語=岐阜提灯(夏)】
  8. くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな 皿井旭川【季語=新酒(秋)】

おすすめ記事

  1. 八月の灼ける巌を見上ぐれば絶倫といふ明るき寂寥 前登志夫【季語=夏山(夏)】
  2. 【冬の季語】南天の実
  3. 海鼠噛むことも別れも面倒な 遠山陽子【季語=海鼠(冬)】
  4. 遠くより風来て夏の海となる 飯田龍太【季語=夏の海(夏)】
  5. きりぎりす飼ふは死を飼ふ業ならむ 齋藤玄【季語=螽蟖(秋)】
  6. 詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女【季語=二月(春)】
  7. 昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
  8. 毒舌は健在バレンタインデー 古賀まり子【季語=バレンタインデー(春)】
  9. 藍を着古し/棚田の/父祖の/翳となる 上田玄
  10. 火達磨となれる秋刀魚を裏返す 柴原保佳【季語=秋刀魚(秋)】

Pickup記事

  1. 「パリ子育て俳句さんぽ」【8月20日配信分】
  2. 電車いままつしぐらなり桐の花 星野立子【季語=桐の花(夏)】
  3. 天籟を猫と聞き居る夜半の冬 佐藤春夫【季語=夜半の冬(冬)】
  4. 【春の季語】菜種梅雨
  5. 【春の季語】春分
  6. マグダラのマリア恋しや芥子の花 有馬朗人【季語=芥子の花(夏)】
  7. 誕生日の切符も自動改札に飲まれる 岡田幸生
  8. 杉の花はるばる飛べり杉のため 山田みづえ【季語=杉の花(春)】
  9. コーヒー沸く香りの朝はハットハウスの青さで 古屋翠渓
  10. すばらしい乳房だ蚊が居る 尾崎放哉【季語=蚊(夏)】
PAGE TOP