美しきものに火種と蝶の息宇佐美魚目【季語＝蝶（春）】

ハイクノミカタ

美しきものに火種と蝶の息　宇佐美魚目【季語＝蝶（春）】　

2023/4/26
ハイクノミカタ, マンスリーゲスト
1926年生まれ, 2018年没, 「年輪」, 「晨」, 「秋草」, 「青」, に, の, もの, 宇佐美魚目, 山口遼也, 息, 春の季語, 火種, 美しい

美しきものに火種と蝶の息)

宇佐美魚目
『薪水』

一見関係なさそうな二つのことばを並べてさっさと共通点を提示する。取り合わせにおける一つの究極形であり、禁じ手のようでもあります。ふつう「美しきもの」と直接的にことばで言い切ると想像の余地が生まれにくくなりそうですが、掲句にはそう思わせない魅力があります。

火種と蝶の息のそのどちらもが美しい、というなんとも明瞭で、一読して共感した気持ちになる一句。しかし私はこの句に出会うまで、火種を美しいと思ったことがあっただろうかとふと思います。火おこしの経験はありますが、慌ただしさのうちに火が成長するので、火種をまじまじと見ることはありませんでした。せいぜい儚いといったところでしょうか。ただこの句で火種を儚いと言ってしまっては興ざめな感じがします。

「火種が美しい」と「蝶の息が美しい」のどちらか一方では説得力に欠けます。違うベクトルではありますが、どちらもやや実感に乏しい。掲句のすごいのは、火種と蝶の息が並列され、かつ美しいと言い切られることによってはじめて、繊細で文字通り耽美的なよろしさが生まれているところです。蝶の息といういささか繊細すぎる描写は直前に並置された火種によって具体的なイメージを得る。そして火種は蝶の華やかさのイメージを受け取り、本来のそれより悠然とした美しさを見せ始める。「美しきもの」を土台として、「火種」が「蝶の息」を、「蝶の息」が「火種」を支えています。

技術とバランス感覚を以て自分の美意識をできるだけ損なわずに打ち出す。俳句形式のために表現を諦めること、表現のために俳句形式を諦めることはたくさんありますが、ぎりぎりまで両立の道を探したいと、ひとまず私についてはそう考えます。掲句は、少なくとも私にそう思わせてくれる大切な一句です。

（山口遼也）

【執筆者プロフィール】
山口遼也（やまぐち・りょうや）
1998年生まれ。「秋草」所属。
第1回秋草よしきり賞、第14回石田波郷新人賞。
Twitter：@yakou_haiku
ご依頼、ご感想：yakou.haiku☆gmail.com (☆→@)

【＊山口遼也の自選10句（夏）＊】

大仏の中の空洞青嵐
国旗よりよくたなびいて鯉幟
ピッチャーもバッターも夏蝶を見て
蜘蛛の子のさ走る宇宙図鑑かな
瓜の花傘傾けてすれちがふ
傘立てる壺と金魚のゐる壺と
噴水の伸び上がらんとして縮む
ひしめきて黴は汀をなしてをり
欄干に蝶の休める祭かな
近づいてここからは滝だと思ふ

2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜＝日下野由季→篠崎央子（2021年7月〜）、火曜＝鈴木牛後、水曜＝月野ぽぽな、木曜＝橋本直、金曜＝阪西敦子、土曜＝太田うさぎ、日曜＝小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓