ハイクノミカタ

一瞬で耳かきを吸う掃除機を見てしまってからの長い夜 公木正


一瞬で耳かきを吸う掃除機を見てしまってからの長い夜

公木正


「一瞬」と「長い夜」は対比的な時間のありようである。だが、この歌の時間の書かれかたはもう少しやわらかい。「一瞬」という短い、その出来事が凝縮されたような時間と、その「一瞬」が意識されつづけるその後の間延びした時間、それらが混在しているようで面白い。耳かきを吸ったその掃除機のホース・管の独特な形象は、歌の時間のありようと重なるようにも思われる。形に着目すれば、卑近な素材である「耳かき」も、棒の先がくっと曲がっており、じっと見ているうちに不思議に思われてくる。そういえば、それを挿し込む耳も身体の中では不思議な形をしている。

安里琉太



【安里琉太さんの第一句集『式日』は絶賛発売中↓】


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

>>〔55〕底紅や黙つてあがる母の家    千葉皓史
>>〔54〕仲秋の金蠅にしてパッと散る  波多野爽波
>>〔53〕つきの光に花梨が青く垂れてゐる。ずるいなあ先に時が満ちてて 岡井隆
>>〔52〕ひるすぎの小屋を壊せばみなすすき 安井浩司
>>〔51〕ある年の子規忌の雨に虚子が立つ  岸本尚毅
>>〔50〕ときじくのいかづち鳴つて冷やかに 岸本尚毅
>>〔49〕季すぎし西瓜を音もなく食へり 能村登四郎
>>〔48〕みづうみに鰲を釣るゆめ秋昼寝   森澄雄
>>〔47〕八月は常なる月ぞ耐へしのべ   八田木枯
>>〔46〕まはし見る岐阜提灯の山と川   岸本尚毅
>>〔45〕八月の灼ける巌を見上ぐれば絶倫といふ明るき寂寥  前登志夫
>>〔44〕夏山に勅封の大扉あり     宇佐美魚目
>>〔43〕からたちの花のほそみち金魚売  後藤夜半
>>〔42〕雲の中瀧かゞやきて音もなし   山口青邨
>>〔41〕又の名のゆうれい草と遊びけり  後藤夜半
>>〔40〕くらき瀧茅の輪の奥に落ちにけり 田中裕明
>>〔39〕水遊とはだんだんに濡れること 後藤比奈夫
>>〔38〕ぐじやぐじやのおじやなんどを朝餉とし何で残生が美しからう 齋藤史
>>〔37〕無方無時無距離砂漠の夜が明けて 津田清子
>>〔36〕麦よ死は黄一色と思いこむ    宇多喜代子
>>〔35〕馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳
>>〔34〕黒き魚ひそみをりとふこの井戸のつめたき水を夏は汲むかも 高野公彦
>>〔33〕露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな  攝津幸彦
>>〔32〕プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷
>>〔31〕いけにえにフリルがあって恥ずかしい 暮田真名
>>〔30〕切腹をしたことがない腹を撫で   土橋螢
>>〔29〕蟲鳥のくるしき春を不爲     高橋睦郎
>>〔28〕春山もこめて温泉の国造り    高濱虚子
>>〔27〕毛皮はぐ日中桜満開に      佐藤鬼房
>>〔26〕あえかなる薔薇撰りをれば春の雷 石田波郷
>>〔25〕鉛筆一本田川に流れ春休み     森澄雄
>>〔24〕ハナニアラシノタトヘモアルゾ  「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒
>>〔23〕厨房に貝があるくよ雛祭    秋元不死男
>>〔22〕橘や蒼きうるふの二月尽     三橋敏雄
>>〔21〕詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女

>>〔20〕やがてわが真中を通る雪解川  正木ゆう子
>>〔19〕春を待つこころに鳥がゐて動く  八田木枯
>>〔18〕あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
>>〔17〕しんしんと寒さがたのし歩みゆく 星野立子
>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出   鈴木六林男
>>〔15〕こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ 斉藤斎藤
>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中    廣瀬直人
>>〔12〕旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子
>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり  永田耕衣

>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて  清崎敏郎
>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ  関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて  金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 水底を涼しき風のわたるなり 会津八一【季語=涼し(夏)】
  2. 純愛や十字十字の冬木立 対馬康子【季語=冬木立(冬)】
  3. 伊太利の毛布と聞けば寝つかれず 星野高士【季語=毛布(冬)】
  4. 泥棒の恋や月より吊る洋燈 大屋達治【季語=月(秋)】
  5. 黒き魚ひそみをりとふこの井戸のつめたき水を夏は汲むかも 高野公彦…
  6. 雪折を振り返ることしかできず 瀬間陽子【季語=雪折(冬)】 
  7. Tシャツに曰くバナナの共和国 太田うさぎ【季語=バナナ(夏)】
  8. 春愁は人なき都会魚なき海 野見山朱鳥【季語=春愁(春)】

おすすめ記事

  1. 冷やっこ試行錯誤のなかにあり 安西水丸【季語=冷やっこ(夏)】
  2. 【#27】約48万字の本作りと体力
  3. 遅れ着く小さな駅や天の川 髙田正子【季語=天の川(秋)】
  4. 古きよき俳句を読めり寝正月 田中裕明【季語=寝正月(新年)】
  5. 春星や言葉の棘はぬけがたし 野見山朱鳥【季語=春星(春)】
  6. 【短期連載】茶道と俳句 井上泰至【第2回】
  7. 茅舎忌の猛暑ひきずり草田男忌 竹中宏【季語=草田男忌(夏)】
  8. 秋めくや焼鳥を食ふひとの恋 石田波郷【季語=秋めく(秋)】
  9. デモすすむ恋人たちは落葉に佇ち 宮坂静生【季語=落葉(冬)】
  10. 【夏の季語】額の花

Pickup記事

  1. パン屋の娘頬に粉つけ街薄暑 高田風人子【季語=薄暑(夏)】
  2. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第27回】熊本・江津湖と中村汀女
  3. 【短期連載】茶道と俳句 井上泰至【第2回】
  4. 兎の目よりもムンクの嫉妬の目 森田智子【季語=兎(冬)】
  5. 【冬の季語】蒲団(布団)
  6. ハイシノミカタ【#4】「100年俳句計画」(キム・チャンヒ編集長)
  7. 水仙や古鏡の如く花をかかぐ 松本たかし【季語=水仙(冬)】
  8. 【夏の季語】閻魔詣/閻魔 閻王 宵閻魔 閻魔帳
  9. この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子【季語=クリスマス(冬)】
  10. 裸木となりても鳥を匿へり 岡田由季【季語=裸木(冬)】
PAGE TOP