ハイクノミカタ

渡り鳥はるかなるとき光りけり 川口重美【季語=渡り鳥(秋)】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

渡り鳥はるかなるとき光りけり 

川口重美


帰ってゆくものがあれば、渡ってくるものがある。「渡り鳥」とは、越冬のために北方から渡ってくる鳥たちのこと。秋の空は鳥たちの移動の空だ。一羽ずつではなく、大抵は群れで移動してくるので、秋の空を眺めていると、遠くても渡りの鳥たちの姿を見つけることができる。渡りは鳥の本能とはいえ、はるか長い道のりを、ひたすらに羽ばたいて来るその姿を美しいと思う。途中で命を落とすものもきっとあるだろう。

はるかなるとき光りけり

渡り鳥の姿が、尊い光のように描かれていて、とても印象的な句だ。

声に出して読んでみて欲しい。韻律が実に美しく響いてくることがわかる。作者の言う「はるか」とは、単純な距離の遠さだけではない。手に入れることの出来ないものへの、こころの距離でもある。

目つむれば秋の光は地より湧き
泳ぐ身をさびしくなればうらがへす
妙に深いソファー、時計が止まっている

つねにどこかに寂しさを湛えているような重美の句。渡り鳥の句もそう。

25歳の若さで命を絶った作者。命をつなぎとめるかのように詠まれた句が、読むものに輝きながら立ち上ってくる。

『川口重美句集』(1963)所収。

(日下野由季)


【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 靴音を揃えて聖樹まで二人 なつはづき【季語=聖樹(冬)】
  2. オリヲンの真下春立つ雪の宿 前田普羅【季語=春立つ(春)】
  3. 彫り了へし墓抱き起す猫柳 久保田哲子【季語=猫柳(春)】
  4. 左義長のまた一ところ始まりぬ 三木【季語=左義長(新年)】
  5. 死なさじと肩つかまるゝ氷の下 寺田京子【季語=氷(冬)】
  6. 肩につく影こそばゆし浜日傘 仙田洋子【季語=浜日傘(夏)】
  7. 馴染むとは好きになること味噌雑煮 西村和子【季語=雑煮(新年)】…
  8. 手を入れてみたき帚木紅葉かな 大石悦子【季語=紅葉(秋)】

あなたへのおすすめ記事

連載記事一覧

PAGE TOP