馬孕む冬からまつの息赤く
粥川青猿
作者は北海道十勝の人。十勝で飼養されている馬は主に「ばんえい競馬」用の重種馬といわれる馬で、サラブレッドと比較して体がかなり大きい。乳牛なども重種馬と並ぶと子どものように見えるはずだ。
乳牛は一年中出産があるが、馬の出産は春に限られる。馬の妊娠期間は約11ヶ月と長く、ほぼ一年中妊娠しているようなものだ。晩春から初夏に交配し、秋には獣医師によって妊娠鑑定がなされ、そして長い冬を迎える。
馬孕む冬からまつの息赤く
この句には《馬孕む冬/からまつの息赤く》と《馬孕む/冬からまつの息赤く》の二通りの切れが考えられるが、おそらくは後者だろう。後者の季語「冬からまつ」は、句集中で他にも《冬からまつうつらうつらと馬肉煮え》で使われているからだ。
ただの「冬木」ではなく「冬からまつ」でなければならない理由は何だろうか。それはやはりカラマツという木の存在感だと考えられる。カラマツはもともとは本州の中央高地に自生する樹木で、北海道には植林用として導入されたものだ。従ってカラマツは、かなりの面積にまとまって植えられている。そしてそれらがいっせいに、春には萌葱色の芽吹き、夏は濃密な緑、秋は黄金色の黄葉、そして冬にはすべてが裸木となるという、四季折々の鮮やかな景を見せる。
古代ではカラマツの黄葉のような色も「あか」の範疇であり、また黄葉とは、季節の霊威が憑依したしるしとして認識されていたという。掲句の「冬からまつ」はおそらく裸木となったカラマツだと思われるが、黄葉に霊威があるとするならば、裸木となってそれを失ったのではなく、その霊威はカラマツの特徴である赤みがかった芯の色として残っているのではないか。
その「冬からまつ」が厳かに赤い息を吐く。そして孕んだ馬も、その胎にいる仔馬も、カラマツとともに十勝の風土を構成するものとして、赤い息を吐いているのだろう。
「冬の象」(2015年)所収。
(鈴木牛後)
【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)、『暖色』(マルコボ.コム、2014年)、『にれかめる』(角川書店、2019年)。