ハイクノミカタ

まはし見る岐阜提灯の山と川 岸本尚毅【季語=岐阜提灯(夏)】


まはし見る岐阜提灯の山と川

岸本尚毅


よく「まはし見る」が出せたな、と思う。この上五によって、以降の名詞のそれぞれが有機的に働き合っている。

先に述べた感慨は決して上から目線というのではなく、そういう観点をあらかじめ意図しないでも、いま目にしている句の成功を生み落とすということがどれほどのことなのかを(殊更秀でた写生句を読んだ時などは特に)、自身の俳句の実作上の経験とつい重ねて考えてしまって不意に湧く感慨なのである。一方、「言葉のカロリーが高いわりには、これは結構簡単に出来そうだし、まただからといってそれほど大したことを言ってないな」と思ってしまう場合もある。俳句の実作をやらない人は、やはりこういうことは思わないのだろうか。

岐阜提灯を実際に触ったことのない私だが、この句を読んで、その特徴をいくらか調べたり、画像で眺めたりしたことがある。

岐阜提灯の特徴は、美濃地方で作られる良質の美濃紙や竹を材料に、秋の花々や花鳥、風景などの細やかな絵柄が描かれていることです。材料となる美濃紙は、薄くて丈夫なことで昔から知られており、美濃紙それ自体も、国の伝統工芸品の指定を受けています。竹ひごはあくまで細く、紙はあくまで薄く、繊細で優美な形と絵柄があいまって、見る人に上品で清楚な印象を与える提灯です。(https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/gifuchochin/

句作の背景など知らないのに、「岐阜提灯の山と川」に対して「まはし見る」を付けた手柄を思ってしまう。無論、「岐阜提灯」という具体性も一つの手柄ではある。中七以降の措辞は、句材の道具立てや言い回しとして着目したならば、一見やや歌舞いて見えるのかもしれない。だが、景として思い浮かべてみたならば、存外落ち着きすぎていて、よくよくこの景を反芻してみると地味な感じさえしてくる。中七以降の措辞、このやわらかでふくよかな一燈に描かれた山や川は、「まはし見る」という措辞によって幅と動きという”厚み”を持った景として浮かび上がってくる。究極、手際の良いこの上五の措辞によって凡を脱しており、ゆえにこの上五は「岐阜提灯」よりも一句を駆動させる核としての働きを大きく成しているように思う。

蛇笏の「流燈や一つにはかにさかのぼる」、安井浩司の「御燈明ここに小川の始まれり」など、読者をぱっと魅せてしまって、虚も実のように呑み込ませてしまう句を、これから先に一句でも書けたならば、またそれが燈の句であったらば嬉しい。

安里琉太



【岸本尚毅さんの第六句集『雲は友』(2022)が出ます↓】


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

>>〔45〕八月の灼ける巌を見上ぐれば絶倫といふ明るき寂寥  前登志夫
>>〔44〕夏山に勅封の大扉あり     宇佐美魚目
>>〔43〕からたちの花のほそみち金魚売  後藤夜半
>>〔42〕雲の中瀧かゞやきて音もなし   山口青邨
>>〔41〕又の名のゆうれい草と遊びけり  後藤夜半
>>〔40〕くらき瀧茅の輪の奥に落ちにけり 田中裕明
>>〔39〕水遊とはだんだんに濡れること 後藤比奈夫
>>〔38〕ぐじやぐじやのおじやなんどを朝餉とし何で残生が美しからう 齋藤史
>>〔37〕無方無時無距離砂漠の夜が明けて 津田清子
>>〔36〕麦よ死は黄一色と思いこむ    宇多喜代子
>>〔35〕馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳
>>〔34〕黒き魚ひそみをりとふこの井戸のつめたき水を夏は汲むかも 高野公彦
>>〔33〕露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな  攝津幸彦
>>〔32〕プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷
>>〔31〕いけにえにフリルがあって恥ずかしい 暮田真名
>>〔30〕切腹をしたことがない腹を撫で   土橋螢
>>〔29〕蟲鳥のくるしき春を不爲     高橋睦郎
>>〔28〕春山もこめて温泉の国造り    高濱虚子
>>〔27〕毛皮はぐ日中桜満開に      佐藤鬼房
>>〔26〕あえかなる薔薇撰りをれば春の雷 石田波郷
>>〔25〕鉛筆一本田川に流れ春休み     森澄雄
>>〔24〕ハナニアラシノタトヘモアルゾ  「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒
>>〔23〕厨房に貝があるくよ雛祭    秋元不死男
>>〔22〕橘や蒼きうるふの二月尽     三橋敏雄
>>〔21〕詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女

>>〔20〕やがてわが真中を通る雪解川  正木ゆう子
>>〔19〕春を待つこころに鳥がゐて動く  八田木枯
>>〔18〕あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
>>〔17〕しんしんと寒さがたのし歩みゆく 星野立子
>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出   鈴木六林男
>>〔15〕こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ 斉藤斎藤
>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中    廣瀬直人
>>〔12〕旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子
>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり  永田耕衣

>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて  清崎敏郎
>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ  関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて  金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


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