ハイクノミカタ

プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷【季語=夏来る(夏)】


プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ

石田波郷


以前鑑賞した「あえかなる薔薇撰りをれば春の雷」や教科書でもよく見かける「バスを待ち大路の春をうたがはず」などと同じく、この句も第一句集『鶴の眼』に所載されている。『鶴の眼』は季別の構成で、この句の一つ前は「ウインドを並び展けゐて夏は来ぬ」であり、ともに街角のモダンな景物とそれに接する抒情が書かれている。

「プラタナス(が)夜もみどりなる夏は来ぬ」と読むか、「プラタナス/夜もみどりなる夏は来ぬ」と読むかは、やや悩ましいところであるが、いずれにしても「プラタナス」が夜を緑にしているということ、措辞の背後に「緑夜」のイメージがあること(無論、歳時記では「夏来る」の例句として見かけることが多い)は読み取れよう。

私としては、「が」の省略と考えない後者の方が良いと思う。名詞と名詞がぶつかっていて切れていると認める方が、比較的句に即していて無理がない受け取り方であろうし、何より上五と中七で切れた方が「夜もみどりなる夏」という措辞がソリッドに響く。また、切ることによって「プラタナス」が景としてしっかり見える。それでまた、プラタナスが夜もみどりである夏というのは、存外よく分からないところがある。

都会の描き方として、ネオンやら灯の明るさではなく街路樹が青々としているという暗さを基調とした夜のありようを切りとったということ、都会の「緑夜」を切りとったということは、いくらかの裏切りがある。「プラタナス」と具体的な景物を置いてから、その上で「夜もみどりなる夏」と抽象的なイメージへ開いていったことも上手いと思わされる点である。

この句を読む時、鷹羽狩行の「夜の新樹詩の行間をゆくごとし」を思い出す。みどりの夜というのも共通しているが、狩行の句の「詩の行間」という比喩には、新樹がある程度整然と並んでいる印象があり、そういうところから街路樹を思う。それと関連して、詩は都会的でモダンなものだろうと連想する。

安里琉太


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

>>〔31〕いけにえにフリルがあって恥ずかしい 暮田真名
>>〔30〕切腹をしたことがない腹を撫で   土橋螢
>>〔29〕蟲鳥のくるしき春を不爲     高橋睦郎
>>〔28〕春山もこめて温泉の国造り    高濱虚子
>>〔27〕毛皮はぐ日中桜満開に      佐藤鬼房
>>〔26〕あえかなる薔薇撰りをれば春の雷 石田波郷
>>〔25〕鉛筆一本田川に流れ春休み     森澄雄
>>〔24〕ハナニアラシノタトヘモアルゾ  「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒
>>〔23〕厨房に貝があるくよ雛祭    秋元不死男
>>〔22〕橘や蒼きうるふの二月尽     三橋敏雄
>>〔21〕詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女
>>〔20〕やがてわが真中を通る雪解川  正木ゆう子
>>〔19〕春を待つこころに鳥がゐて動く  八田木枯
>>〔18〕あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
>>〔17〕しんしんと寒さがたのし歩みゆく 星野立子
>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出   鈴木六林男
>>〔15〕こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ 斉藤斎藤
>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中    廣瀬直人
>>〔12〕旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子
>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり  永田耕衣

>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて  清崎敏郎
>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ  関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて  金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 春の夢魚からもらふ首飾り 井上たま子【季語=春の夢(春)】
  2. 黒繻子にジャズのきこゆる花火かな 小津夜景 【季語=花火(夏/秋…
  3. 八月は常なる月ぞ耐へしのべ 八田木枯【季語=八月(秋)】
  4. 青大将この日男と女かな 鳴戸奈菜【季語=青大将(夏)】
  5. 秋海棠西瓜の色に咲にけり 松尾芭蕉【季語=秋海棠(秋)】
  6. 忘年会みんなで逃がす青い鳥 塩見恵介【季語=忘年会(冬)】
  7. ほととぎす孝君零君ききたまへ 京極杞陽【季語=時鳥(夏)】
  8. 手に負へぬ萩の乱れとなりしかな 安住敦【季語=萩(秋)】

おすすめ記事

  1. ゆる俳句ラジオ「鴨と尺蠖」【第10回】
  2. 犬の仔のすぐにおとなや草の花 広渡敬雄【季語=草の花(秋)】
  3. ハイシノミカタ【#1】「蒼海」(堀本裕樹主宰)
  4. 神保町に銀漢亭があったころ【第68回】堀田季何
  5. 二十世紀なり列国に御慶申す也 尾崎紅葉【季語=御慶(新年)】
  6. 凍港や旧露の街はありとのみ 山口誓子【季語=凍つ(冬)】
  7. 世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし【季語=朝寝(春)】
  8. 未草ひらく跫音淡々と 飯島晴子【季語=未草(夏)】
  9. 【夏の季語】扇風機
  10. 大阪の屋根に入る日や金魚玉   大橋櫻坡子【季語=金魚玉(夏)】

Pickup記事

  1. 【書評】津川絵理子 第3句集『夜の水平線』(ふらんす堂、2020年)
  2. 春の水とは濡れてゐるみづのこと 長谷川櫂【季語=春の水(春)】
  3. 【夏の季語】梅雨入
  4. 【冬の季語】大晦日
  5. 【新年の季語】宝船
  6. 春立つと拭ふ地球儀みづいろに 山口青邨【季語=春立つ(春)】
  7. カルーセル一曲分の夏日陰  鳥井雪【季語=夏日陰(夏)】
  8. 【春の季語】菜種梅雨
  9. 【冬の季語】日短
  10. 竹秋や男と女畳拭く 飯島晴子【季語=竹秋(春)】
PAGE TOP