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こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑

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こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし

水原紫苑


言葉一個一個のはたらきや語義の云々に特別気をとめず、「なるべし」という確信とともに渡される「花野」に連れ去られてしまうのが、この歌の最もおいしい頂き方なのかもしれない。そういう理屈を超えた形而上的な「花野」に、読者を無条件で連れ去ってしまえるというのは、詩として強靭だと言えるのかもしれない。

とはいえ、舌の根も乾かぬうちに、今回も一つ一つの言葉を手に取っていくのであるが、「こぼれたる」というのがまず初めのささやかな布石である。「こぼしたる」という人為が内在する言葉と比較すると、「こぼれたる」の方が偶然な感じがあって、また「ミルク」が物として主体的にいくらか立ってくる。次に出て来る「しんとぬぐふ」という言葉の連なりにも意外性がある。「とき」という言葉は、下の句へのつなぎとして、いわば日常から異界へのジャンプ台になっている。下の句に向けて加速していく。

場合によっては、「とき」というつなぎ方は、あまりにつなぎらしすぎるというか、つたない印象を歌にもたらす恐れのある書き方のように思う。ただ、この歌では、下の句の「天上天下」に広がる「花野」という形而上的な空間を、この刹那を契機として、しかし何らかの確信をもって感覚している、そういう点で重厚で強固な感覚を纏った刹那であるため、「とき」という言葉に特別痩せた印象を受けなかった。

また、「花野なるべし」の確信が独断以上のひろがりをもって読者に手渡されるのは、「ミルク」の明るさや「しんと」の静謐さでどこかかすかな冷たさを持っているような、これらの言葉の印象が「花野」と相通じているように思われるからではないか。一見、上の句と下の句の間には一切の連なりがないように思えるが、言葉のイメージが伏流水のように「花野」へと流れているのではないだろうか。

まあしかし、「ミルク」と「天上天下」という語が、不思議な均整をもって歌の中に同居していることに驚かされる。

(安里琉太)


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞



安里琉太のバックナンバー】
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>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ  関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて  金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


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