死なさじと肩つかまるゝ氷の下 寺田京子【季語=氷(冬)】

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死なさじと肩つかまるゝ氷の下

寺田京子
(「冬の匙」1956年 北海道ペンクラブ)


作者の第一句集よりとった。引用は「寺田京子全句集」(2019年 『寺田京子全句集』刊行委員会編 現代俳句協会刊)による。作家の来歴など詳しくは全句集の資料等に讓るが、一言で言えば、句業の全体に渡って死の匂いが底流し、その中で厳しく緊張した生を詠う作家である。それは二十歳で肺を病んだ作者の生活の実感そのままであったのだろうが、いわゆる療養俳句が自己を深く見つめることに向かい、その結果内面の自然物への転化をみせがちなのに対し、この作家はそれだけではなく、他と自己の関係性および自己の客体化において独特の感性を有しているように思う。たとえば、「種蒔くや見てゐて乳房の奥鳴らす」(「冬の匙」)。他者が種を蒔く動作が、それをしないで見ている自分の中で能動的にシンクロしており、さらにそういう自分を詠む引いた眼差しがある。

掲句は頭上の屋根か枝に氷の塊でもあったのであろう。すぐそばにあったかもしれない死の危機の、その一瞬を切り取っている。状況に気づかず進んでいく作者(あるいは作中主体)と、それを留めようと肩をつかむ誰か。「つかむ」という措辞からすればおそらくは男性であり、父親であったかもしれない。一方で、「春靄は父情のごとしすぐ消ゆる」(「冬の匙」)とも詠んでいて、この父娘の関係性が垣間見えるようである。筋違いかもしれないが、向田邦子の造型した強権的な父親像などと比べると対照的で、自分のエゴを出さない一見おだやかで、しかしつかみどころのない人であっただろうか。その茫洋に対する比喩「春靄」がよく効いているように思われる。

付記「寺田京子全句集」は宇多喜代子さんからご恵贈いただいた。厚く御礼を申し上げる。

橋本直


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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