ハイクノミカタ

ハナニアラシノタトヘモアルゾ  「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒二

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ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

井伏鱒二


三月のこの頃になると不意に思い出す一節である。

これは『厄除け詩集』の「訳詩」の章に掲載されている一節で、于武陵の「勧酒」を井伏なりに訳したものである。本来、于武陵の「勧酒」を訳せば、「花発けば風雨多し(花が咲くと雨や風にさらされるように)」、「人生別離足る(人の世も別ればかりが多いものだ)」とか、こういった感じになると思う。だが、これでは詩としての魅力は薄くなってしまう。井伏の訳は比喩や断定が鮮やかで調子もよく整っている。単に意味の上で訳したのではなく、詩として読めるように仕上がっている。

初めてこの一節を目にしたのは、寺山修司の『ポケットに名言を』を読んでいた時だったと思う。そちらでは、「花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ」となっていたはずだ。卒業を控え、エモメーターが極まりまくっていた私には、この一節がひどく鋭く刺さった。この一節が『ポケットに明言を』の「名言」の章の、「人生」ではなく「幸福」の節に分類されていることの意味は、この時はまだよく分からなかったと思う。

三月のこの頃に、この詩を決まって思い出す私は、その度に、やはり抒情には気をつけていなければならないと思いなおすのである。私たちはいくつもの「以後」を生きているのだとも思いなおす。

安里琉太


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

>>〔23〕厨房に貝があるくよ雛祭    秋元不死男
>>〔22〕橘や蒼きうるふの二月尽     三橋敏雄
>>〔21〕詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女
>>〔20〕やがてわが真中を通る雪解川  正木ゆう子
>>〔19〕春を待つこころに鳥がゐて動く  八田木枯
>>〔18〕あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
>>〔17〕しんしんと寒さがたのし歩みゆく 星野立子
>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出   鈴木六林男
>>〔15〕こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ 斉藤斎藤
>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中    廣瀬直人
>>〔12〕旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子
>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり  永田耕衣

>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて  清崎敏郎
>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ  関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて  金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


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