からたちの花のほそみち金魚売
後藤夜半
見たことがない景でも、懐かしく思うということはある。私はこの句のような景を実際に見たことがないし、幼少期を振り返っても親しさを覚えるような経験をしたことはない。けれども、どこか懐かしく感じてしまう。
白秋作詞の「からたちの花」という唱歌のイメージも、読み味の懐かしさを手伝っているかもしれない。また、「ほそみち」という場所、「金魚売」というなかなか見かけなくなった存在も懐かしさの領分にあるのかもしれない。
季語の中には、もうすでに失われたものや失われつつあるものが多くある。「金魚売」も今日そうそう見かけるものではないだろう。ただ、季語という語彙の体形を「古さ」として挙げて批判するのは容易く、そしてまた、そうした批判は大したものにならない。
むしろ私が読んで辟易してしまう「古さ」は、そんな語彙の次元ではなく、自分がすでに知っている実感や感覚の再現を目的にする詩の持ってしまう「古さ」である。読者の過去の体験や感情を引っ張り出し、「まさに◯◯とはこういうことだよな」とか「言われてみれば確かにそうだ」とか、「共感」とか「発見」とかで語られ、またそういうところを目的とする詩。そういう詩が目的とするのは「再現」であるため、表現の根拠は過去に置かれることとなる(※1)。そういう「古さ」は読み慣れてしまって、もうすっかり退屈してしまう。
もうすでに失われたものや失われつつあるものを指す語の「古さ」を論って、そのあたりで足踏みを続けていても仕方がない。
そんなことよりも注視すべきは、そういう語を用いているのに、「再現」のように表現の根拠を過去に置くのではなく、時に予言的であったり、時に過去から未来へという直線的な時間から離れようとしたりする、そんな詩が生まれ得るという点にある。そしてまた、そんな詩が、過去とは違う懐かしさを漂わせている場合があり、これは殊更興味深い。
※1 渡邊十絲子『今を生きるための現代詩』(講談社現代新書・2013)、穂村弘『短歌の友人』(河出文庫・2011)参照。
(安里琉太)
【渡邊十絲子『今を生きるための現代詩』(講談社現代新書・2013)】
【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「滸」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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