ハイクノミカタ

仲秋の金蠅にしてパッと散る 波多野爽波【季語=仲秋(秋)】


仲秋の金蠅にしてパッと散る

波多野爽波


「パッ」のオノマトペが視覚的にも読者を得心させる。それがこの句の眼目であると思う。「ぱつ」ではなく片仮名で「パッ」と表記されている点、それに関連して「金蠅」の「金」なども視覚的な表現として一役買っている。だが、この句は、そのオノマトペの成立に全てを捧げている、あるいはそれのみで成り立っているという感じがしない。線が二本走っているふうに思う。

「仲秋」と「金蠅」はそれぞれ季が異なるが、「仲秋の金蠅」というのだから季感は仲秋でよかろう。本来夏に分類される「金蠅」であるが、すこし冷えて来る「仲秋」の頃であれば、夏よりはいくぶんか弱っているのではと想像される。しかし、下五の措辞によってその推測は裏切られる。下五へつなぐ「にして」は、「であるのに」という逆接の意であり、そこには理が働いている。その点に裏切りや諧謔性があるとも言えよう。
無論、そういう点からみれば、盛夏の「金蠅」が「パッと散る」というのは順当だとも言える。ただ、写生の句としては、「仲秋の金蠅」という季題の捻りとそれに関連する裏切りがなくても、「パッと散る」の文飾の豊かさのみで一句を成り立たせられる気もする。それでまた、「パッと散る」を眼目として、それをよりよく見せるように設るのであれば、「月明の金蠅にしてパッと散る」とかそんなふうに、「金」とか「パッ」を引き立てるのに効果的な景を措定することもできただろう。

ただ、この句はそのようには書かれていない。あくまで季題への意外性が書かれ、しかしそれが「パッ」のオノマトペをして視覚的に迫るように書かれている。

安里琉太



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【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

>>〔53〕つきの光に花梨が青く垂れてゐる。ずるいなあ先に時が満ちてて 岡井隆
>>〔52〕ひるすぎの小屋を壊せばみなすすき 安井浩司
>>〔51〕ある年の子規忌の雨に虚子が立つ  岸本尚毅
>>〔50〕ときじくのいかづち鳴つて冷やかに 岸本尚毅
>>〔49〕季すぎし西瓜を音もなく食へり 能村登四郎
>>〔48〕みづうみに鰲を釣るゆめ秋昼寝   森澄雄
>>〔47〕八月は常なる月ぞ耐へしのべ   八田木枯
>>〔46〕まはし見る岐阜提灯の山と川   岸本尚毅
>>〔45〕八月の灼ける巌を見上ぐれば絶倫といふ明るき寂寥  前登志夫
>>〔44〕夏山に勅封の大扉あり     宇佐美魚目
>>〔43〕からたちの花のほそみち金魚売  後藤夜半
>>〔42〕雲の中瀧かゞやきて音もなし   山口青邨
>>〔41〕又の名のゆうれい草と遊びけり  後藤夜半
>>〔40〕くらき瀧茅の輪の奥に落ちにけり 田中裕明
>>〔39〕水遊とはだんだんに濡れること 後藤比奈夫
>>〔38〕ぐじやぐじやのおじやなんどを朝餉とし何で残生が美しからう 齋藤史
>>〔37〕無方無時無距離砂漠の夜が明けて 津田清子
>>〔36〕麦よ死は黄一色と思いこむ    宇多喜代子
>>〔35〕馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳
>>〔34〕黒き魚ひそみをりとふこの井戸のつめたき水を夏は汲むかも 高野公彦
>>〔33〕露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな  攝津幸彦
>>〔32〕プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷
>>〔31〕いけにえにフリルがあって恥ずかしい 暮田真名
>>〔30〕切腹をしたことがない腹を撫で   土橋螢
>>〔29〕蟲鳥のくるしき春を不爲     高橋睦郎
>>〔28〕春山もこめて温泉の国造り    高濱虚子
>>〔27〕毛皮はぐ日中桜満開に      佐藤鬼房
>>〔26〕あえかなる薔薇撰りをれば春の雷 石田波郷
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>>〔24〕ハナニアラシノタトヘモアルゾ  「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒
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>>〔22〕橘や蒼きうるふの二月尽     三橋敏雄
>>〔21〕詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女

>>〔20〕やがてわが真中を通る雪解川  正木ゆう子
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>>〔18〕あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
>>〔17〕しんしんと寒さがたのし歩みゆく 星野立子
>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出   鈴木六林男
>>〔15〕こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ 斉藤斎藤
>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中    廣瀬直人
>>〔12〕旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子
>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり  永田耕衣

>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
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>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて  清崎敏郎
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>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


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