ハイクノミカタ

傾けば傾くまゝに進む橇     岡田耿陽【季語=橇(冬)】


傾けば傾くまゝに進む橇

岡田耿陽安田蚊杖(おかだ・こうよ))


今年も残り半月を切って、さすがにあきらめの出てきたこの数日。

「今年のことは、今年のうちに」なんて、もともと何でもできる人の言い草で、そんな人は言われなくてもきちんきちんと物事を進めていて、できない人にはそんなこと言われたって痛くもかゆくもないんですよ、と悪態をつきながらも、昨日は何度となく乗り降りしてきた路線(しかもたったの二駅)を乗り過ごし、今日は何度となく作った鍋の後のうどんを炭化させ、句集『炭化』を出して結社『炭化』の主宰になるってのはどうだろうと、半ばやけくそになっております。あー、また、時間が過ぎる…。

今年は年明けすぐの2月、第6波のコロナウイルス流行のピーク前後に感染し、結局そこからずるずると12月を迎えてしまった。後遺症だったのか、もともとの貧血の仕業か、蓄積した疲労か、自宅に長時間いることによる体力の衰えかもしれない。

そんな私の心の内を見透かすようにこんな句が現れた。

傾けば傾くまゝに進む橇

岡田耿陽は明治30年、愛知県宝飯郡三谷町の生まれ、現在の蒲郡市に位置する。大正14年より句作を始め、句集刊行時も父母と妻と当地に住んでいるらしい。

まさに里といった自然と接した暮らしを、静かに丹念に詠んだ。掲句もそんな中の一句だ。物を運ぶために使われた橇だろうか、普段は気にならない、道の障害物や起伏などによって一度傾いてしまうと、そのよじれの修正はなかなか難しい。よじれた軌道のままに、なんとかかんとか進むしかない。荷が重ければなおさらのことだ。

それでも橇は「進む」、そう、進むのだ。この一言がこの句を明るくし、またおかしみやけなげさ、慈しみを加えていく。そうだ、そうだ、もういいよ、傾いちゃったんだもん、それでも、進めばいいだけ。予定の通りに最短距離を行く橇なんて、おもしろくないし、そもそも句にならない。

と、自分に言い聞かせて、少し気持ちが軽くなる。

そうだ、先月やっと選びに行って、何年ぶりだろうか、新調した掛布団、先週末に受け取りに行けて、今日、初めてそれを下ろすのであった。何事も時間がかかっても、徐々に進んではいるのだった。

こんな穏やかな句に守られてあと半月、なんとか無事に過ごせたらいい。乗り過ごしたら戻ればいいし、鍋の焦げは重曹を使えば落ちる。年末でもある、鍋磨きもいいかもしれない。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


金曜日の種本はこちら↑(早い者勝ちです)

【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔115〕風邪ごもりかくし置きたる写真見る     安田蚊杖
>>〔114〕舟やれば鴨の羽音の縦横に                    川田十雨
>>〔113〕つはの葉につもりし雪の裂けてあり     加賀谷凡秋
>>〔112〕毛帽子をかなぐりすててのゝしれる     三木朱城
>>〔111〕牡蠣舟やレストーランの灯をかぶり      大岡龍男
>>〔110〕梁折れて頬を打つあり鶉追ふ                三溝沙美
>>〔109〕桔梗やさわや/\と草の雨                楠目橙黄子
>>〔108〕鳥屋の窓四方に展けし花すゝき         丹治蕪人
>>〔107〕秋めくやあゝした雲の出かゝれば          池内たけし
>>〔106〕コスモスのゆれかはしゐて相うたず      鈴鹿野風呂
>>〔105〕淋しさに鹿も起ちたる馬酔木かな      山本梅史
>>〔104〕蜩や久しぶりなる井の頭                     柏崎夢香
>>〔103〕おやすみ
>>〔102〕月代は月となり灯は窓となる         竹下しづの女
>>〔101〕おやすみ
>>〔100〕おやすみ
>>〔99〕おやすみ
>>〔97〕七夕のあしたの町にちる色帋               麻田椎花
>>〔96〕大阪の屋根に入る日や金魚玉                 大橋櫻坡子
>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて          柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く                  原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり            江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも             石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり                    奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る     日原方舟
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり  千原草之
>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな   久保より江
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>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
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>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
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>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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