ハイクノミカタ

舟やれば鴨の羽音の縦横に     川田十雨【季語=鴨(冬)】


舟やれば鴨の羽音の縦横に

川田十雨(かわだ・じゅう))


信じられないことですが、みなさん、とうとう十二月に。

途中からコロナだった年も、年中コロナだった年も早かったけど、コロナが明けたとかで暮らしながら、結局、何波か来た今年が、一番早かった気がしますよ。

年が越せるのかわからないくらいやり残したことが多くて、ああ、今日ももうこんな時間、お腹すいたなあ、なんか力が出るもの、食べたいなあ(とかいって、割と食べてますが)…というそんな折。

舟やれば鴨の羽音の縦横に

日の当たる鴨の浮寝を見るとお腹が鳴る人は、果たしてどのくらいの割合いるんだろうか。その割合によって、この舟に期待することは変わってくる。私などは何となく投網を思ってしまうけれど、鴨は果たしてそんな風に捕るんだろうか。今度、H月さんにお会いしたら聞いてみよう。

川田十雨は明治28年、高知の生れ。「翅鳥」「蛇串」などの俳号を経て十雨と称すようになった。ちなみに本名は卓爾。生業に関しては「官吏」とのみ。俳号の変遷に比べると、そのあたりに割く文字数は淡白だ。

舟の用途はわからないけれど、その舳先を進めると危険を察知した鴨が一斉に飛び立つ。その驚くさまは、陣容を整える間もなく、もんどりうって四方に散っていく。姿ではなく、羽音で表された鴨の姿は、もう私たちの視界の焦点にはなくて、ただ去っていく勢いを残すのみだ。ぶんぶん。

鴨の句が並ぶ。

あきらかに翔ちたる二羽や鴨の海

水搏ちてもつれ翔ちたり月の鴨

「あきらかに」と言っているけれど、それは姿でとらえたというよりは、影や羽ばたきや今も水に残されたものが合わさって生まれた印象のようでもあり、平らではなく、ときどき波が隠す水面で鴨を把握するときの実感でもある。

月光にもつれて去っていく鴨は、やはり水音によって捉えられ、もつれる体の片側、あるいは濡れた部分だけが光に照らされる。

それは鴨の姿というよりは、鴨の軌道、鴨の躍動を捉えようとした試みのようにも見える。

そうだ、姿じゃない、遅くても、足りなくても、回り道でも、動いていればいいんですよ、それが今のあなたなんですよ。などと、自分をよしよししつつ、あと一か月、まずは週末の前夜を、おいしくて暖かいものを食べて、よく眠ることから。

おやすみ、パトラッシュ。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


金曜日の種本はこちら↑(早い者勝ちです)

【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔113〕つはの葉につもりし雪の裂けてあり     加賀谷凡秋
>>〔112〕毛帽子をかなぐりすててのゝしれる     三木朱城
>>〔111〕牡蠣舟やレストーランの灯をかぶり      大岡龍男
>>〔110〕梁折れて頬を打つあり鶉追ふ                三溝沙美
>>〔109〕桔梗やさわや/\と草の雨                楠目橙黄子
>>〔108〕鳥屋の窓四方に展けし花すゝき         丹治蕪人
>>〔107〕秋めくやあゝした雲の出かゝれば          池内たけし
>>〔106〕コスモスのゆれかはしゐて相うたず      鈴鹿野風呂
>>〔105〕淋しさに鹿も起ちたる馬酔木かな      山本梅史
>>〔104〕蜩や久しぶりなる井の頭                     柏崎夢香
>>〔103〕おやすみ
>>〔102〕月代は月となり灯は窓となる         竹下しづの女
>>〔101〕おやすみ
>>〔100〕おやすみ
>>〔99〕おやすみ
>>〔97〕七夕のあしたの町にちる色帋               麻田椎花
>>〔96〕大阪の屋根に入る日や金魚玉                 大橋櫻坡子
>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて          柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く                  原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり            江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも             石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり                    奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る     日原方舟
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり  千原草之
>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな   久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな     石田雨圃子
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>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女

>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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