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大いなる春を惜しみつ家に在り 星野立子【季語=春惜しむ(春)】


大いなる春を惜しみつ家に在り

星野立子(星野立子)


明日から連休、あるいは今日を休んで、すでに連休に入っている人も多いかもしれない。 

人が減ったと言えば減ったが、減ってないと言えば減ってない、そんな休日のの間の金曜ですよ。

星野立子の感覚の冴えた、あるいは情感の豊かな、天衣無縫な句群。一度でも、目にしたら読者をとらえずにはおらず、その後の夏料理の景色や雛の印象を定めてしまう個性。

もちろんそれも立子の句の特徴であるけれど、ふと何気なく出来上がったようなこんな句も、また、不思議に印象深い。

 大いなる春を惜しみつ家に在り

立子の超有名な代表句に比して、あるいはそこまで有名ではないけれど、言われてみればいかにも立子という句に比べても、何というかこの句はぼんやりしている。しかし、何かのタイミング、何かの季節の動きにつられて、俄然と膨らみだすそんな句のひとつだ。

情景としてはさしてあるわけではなくて、「家に在り」ということだけが、言われている。季節は晩春、それも「大いなる春」の終わり。「今年の春ははっきりしなかったね」というような、そんなちっぽけなものではなくて、悠々たる春が終わってゆくところなのだ。

昭和十七年、太平洋戦争が開戦された翌年の春、不穏な空気はありながら、なお頻繁に行われていた句会に出された句。爛漫たる春が終わろうとしているのに家に居る状況は、頭で作られたギャップという気がしないでもない。

一方で、「春を惜しみつ」(「春を惜しみつつ」とは違う、いや、立子があいまいにそんな意味に使っただけかもしれないのだけれど)、つまり「春を惜しんだり」という意味であるけれど、そのほかにも何かあるような言いさしに、惜春ということの本質、宙ぶらりんな様子、あるいはとらわれて次へ進めないもどかしさが宿るようでもある。

去年や今年に限って言えば、「家に在り」つまり「在宅」は、これまでにないほどの身近さにある。気候のいい時期に、ただ「在宅」するということの奇妙さを実感するに至って、ますます「惜春」の姿が身に迫るのかもしれない。こんな年に限って春は駘蕩としていて、いや、春はいつも駘蕩としていて人が立ち止まるときにそれを感じるだけだろうか。

立夏前最後の週末、なかなかない在宅推奨の晩春が穏やかに過ぎますように。

『続・立子句集』(1947年)所収

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
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>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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