ハイクノミカタ

大阪の屋根に入る日や金魚玉   大橋櫻坡子【季語=金魚玉(夏)】


大阪の屋根に入る日や金魚玉

大橋櫻坡子(おおはし・おおはし))


コロナウイルス感染者数が記録を更新しているそうで、こんな勢いで増えているのにどこかのAIの計算に寄れば、ピークは来週末なんだとか。免疫が絡んだりとか、どういう理由で減るのかはわからないけれど、場所や路線によっては、かなり往時の夏みたいになっている東京より金曜をお知らせいたします。

それにしても、学生の頃の習慣と言うのは結構身に付いてしまうもので、七月の下旬になると、多少は夏休みらしさが欲しくなる。もちろん、実際に長期休暇を取るなどと言う勇気も境遇もないので、気分が感じる程度なのだけれど、たとえば、一度も達成できたことはないのに早起きになろうとしてみたり、毎日運動することを誓ったり、通勤に自転車を使っていた時は駅までは麦藁帽子をかぶるようにしたり、車で通勤していればFMとサザンだけに絞ったり、地下鉄になったら毎日扇子と手拭いに凝るようにしたり。そして在宅中心のここ数年は、早起きと毎日の運動をとりあえずは誓い、こないだ一カ月酒を断った話を聞いたときは今年の夏こそ俺も!と思ったけれど夏はそこは努力目標どまりにして、家にいるのをいいことに上からかぶるだけの服かショートパンツで過ごすことで夏休みを味わっている。涼しくしていれば節電にもなるしね。

家の近所はその姿のままで出ることもある。ポスト、肉屋、パン屋、酒屋、八百屋、魚屋さんは閉じちゃったけど、その近くのカルディ、なぜかスーパーは入りにくい。気温もあるけれど、その広さもショートパンツに向かない。

今日、ポストへ行くまでに、私より短いショートパンツをはいた必要な肉はついて引き締まった脚のおじいさんがすたすた向こうからやってきた。おお、お揃いだとおもって脚から目を上げて顔を見ると、向こうもこちらを見て、なんとなく「よし」と言うように小さく頷いた気がした。同類と認めていただいたのだろうか。帰り道はより心なしかいつもよりもすたすた歩く。

商店街は高さの制限があるのだろう、二階建てか三階建て。車は入れず、自転車は降りなければいけないので、その低い建物の間は歩行者しかいない。そのために、歩く人の姿がよく見える。そんなところもこの近所の好きなところだ。この近所が自慢で、家には呼べないのに(紙がありすぎて人の入る余地がない)家の近所に人を呼び出してツアーをしたりしてしまう。建物が低いから店にはよく光が入り、結構奥の方までが見えたりする。

大阪の屋根に入る日や金魚玉

大橋櫻坡子は明治28年滋賀県の生まれ。「句作に指を染め」たのは、大正二年の秋のこととある。同志と『山茶花』を創刊、昭和十一年からは雑詠選の一部を担当。この同人句集が出た同じ年の五月に句集『雨月』を出したところ。こののち、同名の俳誌『雨月』を創刊し、現在に続く。櫻坡子の娘で雨月の二人目の主宰である大橋敦子の句については、以前の、篠崎央子の回に詳しい(?)。

「屋根」というくらいなのだから、そんなに階数のない、もしかしたら平屋の建物を思う。山や海、湖、あるいはビルに入る日もあるけれど、びっしりと建物が並ぶ街では、日は必然屋根に入る。大阪と東京の緑地面積の違い(大阪の方が少ない)は、この句においてのみは好ましい。屋根瓦に反射した照りと太陽自体の輝きが混ざり合って、部屋中か縁などの金魚玉の向こうに見えるのか、丸みに映っているのか。くっきりと屋根に断ち切られる日差に金魚玉の丸み、その対比は(読んでいて見ているわけではないけれど)なにか見飽きることがない。桜と堤をあらわす「坡」の組み合わせである大橋櫻坡子の俳号から見えてくる構図もなかなか見飽きないものだけれど。

それにしても、櫻坡子という名は、オーハシオーハシになるということが一つの味噌だが、歴史的仮名遣い上は「おほはし・あうはし」であることに今回気づいた。どうでもいいことですけれど。

記録的大雨や記録的感染者数、噴火、そして戦火からも、それぞれの「近所」が守られる週末でありますように。

阪西敦子


金曜日の種本はこちら↑(早い者勝ちです)

【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて          柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く                  原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり            江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも             石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり                    奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る     日原方舟
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり  千原草之
>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな   久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな     石田雨圃子
>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと    高田風人子
>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり   久保ゐの吉
>>〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵   松尾いはほ
>>〔81〕纐纈の大座布団や春の宵      真下喜太郎

>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る  深見けん二
>>〔79〕夜着いて花の噂やさくら餅      關 圭草
>>〔78〕花の幹に押しつけて居る喧嘩かな   田村木國
>>〔77〕お障子の人見硝子や涅槃寺      河野静雲
>>〔76〕東京に居るとの噂冴え返る      佐藤漾人
>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる     稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ      山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫    藤田春梢女
>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠    池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松     大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ      三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな    山崎楽堂
>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る     高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ  深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな     片岡奈王
>>〔63〕茎石に煤をもれ来る霰かな      山本村家
>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く    瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影      浅野白山
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>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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