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再縁といへど目出度し桜鯛 麻葉【季語=桜鯛(春)】


再縁といへど目出度し桜鯛

麻葉

未来を変えるというと素晴しいことのように感じられるが、もともと決まっていないのだから変えるという言い回しにはいささか違和感がある。

過去なら変えられる。事実は変わらないが解釈や視点はいくらでも変えられるのだ。これまで「この人との出会いは辛かったな…」ということには何度か遭遇したが、そうした人は必ず何か大事な縁をもたらしてくれている。過去の辛かったことが現在の自分に何をもたらしたかに目を向けたい。大雑把に言ってしまうと辛い経験をすれば人に優しくすることが出来る。傷を知らない人の言葉は時に強すぎる。

今が人生のどん底と感じていた時には、目に入る現象や出会う言葉すべてが呪いのメッセージに感じられた。人からの親切も素直に受け取ることが出来なかった。不幸の色眼鏡で見るとそうなってしまうのだ。

しかしその不幸の色眼鏡をかけたのは自分。眼鏡を幸福色に掛け替え、嘘でもいいから「最高」「ありがたい」「幸せ」と連呼していると思考が辻褄を合わせにきて「最高」につながる行動をしてしまうようである。そして世界中から祝福のメッセージを受け取っているような気分になる。〽目に映る全てのことは メッセージ なのだ。※

再縁といへど目出度し桜鯛

 「桜鯛」が兼題の句会があって虚子編『新歳時記』を参照した時に出会った句。作者の麻葉さんについて充分に調べる時間をとれなかったのだが、おそらくは大阪から投句していた里村麻葉さんと思われる。その方で間違いないとすると1931年頃から投句を開始していたようである。

桜鯛は婚姻色に染まった雄の真鯛である。桜の咲く頃産卵期を迎えて紅色があざやかになることからその名がついている。花時、婚姻色、鯛といった要素は婚姻を祝すのにふさわしい。

「再縁といへど」というのは現代の感覚では微妙な表現かもしれないが、実際のところ再縁なのだから一度は何かしら悲しい思いをしていると考えるべきで、それを乗り越えて良きご縁を得たことを無心に祝福している句なのである。

同じ句にこれまでの境遇の中で出会ったとしても感じ入ることはなかったであろう。今だから自分の句だと思えたのだ。意識のスイッチが入るとそれまで通過していた言葉が周囲にあふれてくる。

我が家の庭に四つ葉のクローバーが群生していることを地球からの祝福メッセージとして読み取っておりますが何か問題でも?

『虚子編 新歳時記 増訂版』より。
「縁」と「桜」は上記歳時記では旧字でした。
※「やさしさに包まれたなら」荒井由実(現:松任谷由実)より

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔99〕土のこと水のこと聞き苗を買ふ 渡部有紀子
>>〔98〕大空へ解き放たれし燕かな 前北かおる
>>〔97〕花散るや金輪際のそこひまで 池田瑠那
>>〔96〕さくら仰ぎて雨男雨女 山上樹実雄
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>>〔94〕あり余る有給休暇鳥の恋 広渡敬雄
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>>〔49〕しばらくは箒目に蟻したがへり  本宮哲郎
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>>〔45〕鳴きし亀誰も聞いてはをらざりし 後藤比奈夫
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>>〔15〕一燈を消し名月に対しけり      林翔
>>〔14〕向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一
>>〔13〕膝枕ちと汗ばみし残暑かな     桂米朝
>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
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>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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