ハイクノミカタ

啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々 水原秋櫻子【季語=啄木鳥(秋)】


啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々

水原秋櫻子

 今年も群馬県立女子大学でキャリア支援の講義をしてきた。わがしくじり人生を輝きに変える大切な時間である。成功しすぎて手の届かない人ではなく学生が「私にもなれるかも」と思ってくれるような人を講師に迎えて行われる授業で、失敗談を多めにというオーダーがあったりもする。それなら任せて!とばかりにたくさんの失敗を披露しつつ、その失敗をしないためにはどうすればいいか色々提案したのである。

 せっかくなので一泊して赤城山に行くことにした。赤城山は裾野が広い。この広さなら、もし頂点がえぐられていなかったら富士山と同じくらいの標高になっていたはずなのだそうだ。あまり時間を調べないでホテルを気持ち早めにでる。高崎駅への道すがら、村上鬼城旧居にも立ち寄った。立派なビルを仰ぐ。しまった、赤城山に行くには前橋が最寄り駅だった!でも大丈夫、と次のバスを検索すると2時間以上後のものが表示される。時計が壊れてしまったのかと来たバスに乗り込み、富士見温泉で乗り換えようとしたら次のバスが150分後と知る。そう、旅先の平日を甘くみてはいけない。だが、おかげで10句あまりを得た。もはや富士見温泉の達人だ。

 赤城神社のある大沼あたりを散策する。走り蕎麦をたぐって一息ついてからやっと地図をしっかりと見たらなんと!秋櫻子句碑が!!この句碑の話は講義でもしたのにどこにあるのかを全く把握していなかった。赤城山にまで来てこれを見逃してはならない。導かれて来たとしか思えない。今週はこの一句を取り上げることにしよう。

啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々

この道の先に秋櫻子句碑が。   

 昭和2年作。あまりにも名句でこのセクト・ポクリットだけでも鈴木牛後さんがハイクノミカタでとりあげ、広渡敬雄さんも「俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅」で「赤城山と水原秋櫻子」という文章を寄せているのでぜひ再読していただきたい。

 木々に囲まれた句碑。啄木鳥は聞こえてこないが小鳥の声がする。あれは小雀(コガラ)だったか?足元には落葉が積もり始めている。句と全く同じ状況ではないが、目を瞑れば啄木鳥の音も落葉が舞う様も立ち上がってくるようである。

 啄木鳥が木をつつく音は縦横無尽に広がり、落葉は縦に、木々は平面に広がっていく。啄木鳥の動きと「いそぐ」の措辞により動きのある俳句である。[i]音の多さは啄木鳥の音や小鳥の声を思わせるほか、口の動きと相まって横の広がりを示している。気持ちの良い情景だ。どこも推敲することなくすらすら出来たというだけあって扇で仰ぎ続けるように何度も口に出して読みたくなる流れの良さがある。「いそぐ」の擬人的用法は落葉や牧・木々への愛を感じる。良い時間であった。

『葛飾』(1930年刊)所収。

右下の島には赤城神社が。そこに続く啄木鳥橋は架替工事中でした。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
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>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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