【秋の季語】星月夜

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【秋の季語=三秋(8〜10月)】星月夜  

【解説】「星月夜」といえば、オランダの画家・ゴッホの代表作のひとつ。糸杉の向こうにぐるぐるとブルーの星空が蠢いている、独特のタッチは一度見たら忘れられないトリップ感。英語では「The starry night」、フランス語では「La nuit étoilée」、オランダ語では「De sterrennacht」と呼ばれています。まあ、ゴッホの「星月夜」はどちらかといえば、寒々しさを感じますが、俳句で「星月夜(ほしづきよ・ほしづくよ)」といえば、秋の季語になります。

辞書を引くと、「星月夜(ほしづきよ)」は、「晴れて星の光が月のように明るい夜」とあります。つまり、ポイントは「月が(あまり)出ていない」ということ。出ていないけれど、雲がないから明るい。もちろん、絶対に月があってはいけないという決まりはなさそうですが、歳時記によっては、「ことに新月のころの星空の輝かしさを称えて星月夜という」とあります。

しかし「明るい」「輝かしい」といっても、月が出ていないのだから、それほど明るくはないのでは? まあ、高原や丘の上で見る星月夜は、煌々としているでしょうが、「天の川」「銀河」という星の明るさをいう季語と比べると、やはり「煌々と」明るいというわけではなさそうですよね。

ところで、「星月夜の井」をご存知でしょうか。極楽寺切通(極楽寺坂)の入口にある虚空蔵堂の井戸のことです。

話は聖武天皇の時代にまで遡ります。当時、貧民救済などの社会事業活動を行って人々から支持を得ていた僧・行基が、この地に立ち寄ったときに、「井戸の中に三つの明星が輝いて明るい夜になった」という現象が1週間ほど続いたので、井戸水を汲み出してみると、そこには黒く輝く石が。それを記念してお堂を建てて「虚空蔵菩薩」を祀ることになりました。

当時は鬱蒼と木々が生い茂っていたので、昼でも暗かったこの地。だからこそ、昼でも「井戸のなか」に「星月夜」が見えたところに超越的な力を感じたのでしょうね。この一帯は、いつしか「星月夜」という名前で呼ばれることになり(今風にいえば、パワースポットとなったわけですな)、「星月夜」という言葉は(「暗」と「倉」が同じ発音であることにもひっかけて)「鎌倉」の枕詞になっていきました。

われひとり鎌倉山をこえゆけば星月夜こそうれしかりけり (永久百首

こちらは藤原実成の娘が詠んだ歌。「鎌倉」と「星月夜」の密接なつながりは、こんなふうにして積み重ねられてきました。ここでの「星月夜」は、今の季語でいうところの「(そこそこ)明るい夜空」ではなく、この極楽寺坂付近のことでしょう。鎌倉は市政をひくときに現在のササリンドウを採用しましたが、それまでの鎌倉郡が使用してきたのは、「星月」のマークでした。

しかし腑に落ちないのは、行基が見たという井戸の中の「星月夜」。そんな神話みたいな話がほんまにあるんかいな?と疑わしくもなります。そんななか、松田壽男の『古代の朱』(1975年)のなかに、この地は水銀が採取される場所であり、行基が井戸のなかで見つけた「星月夜」は、壁面にきらきらと輝く水銀だったのではないか、という記述があります。

水銀が井戸の底に溜まって、小さな丸い銀色の星になる。近隣の人は恐れて星の井と名付けて伝え広める。それが何であるか知っている博学の僧がやってきて、この辺り一帯を聖地として仏像を安置する。つまりその占有権を主張する

非常にリアリスト的な視点の歴史記述ですが、こう考えれば納得もいくものです。つまり、「博学の僧」である行基が見つけたのは「水銀」だった。ご存知のように、水銀は危険を伴う物質であり、かつ大仏の金メッキを施すのに使うことができるもの。毒であり薬ともなるパルマコンとしての「水銀」!

「水銀」は、ある世代までにとっては、本当に「薬」でもありました。いわゆる赤チンというやつです。正式名称は「マーキュロクロム液」で、有機水銀剤「マーキュロクロム」の1~2%水溶液です。明治以降に衛生教育が進んで、粘膜・傷口の消毒に使用されてきましたが、水銀公害が問題となった1960年代以降は製造過程で水銀の廃液が発生することから敬遠され、1973年には原料の国内生産が中止に。

それでも原料輸入による製造はつづいていましたが、2019年5月31日をもって医薬品の規格基準書(日本薬局方)から外れることになり、2020年12月31日には「水銀による環境の汚染の防止に関する法律」によって国内での製造も規制されることになっています。

あれれ、星月夜の話をしているうちが、いつのまにか赤チンの話に。傷口を消毒したあとの赤チンの「暗さ」は、「星月夜」の暗さと、どこかしら通い合っているようですね、などと強引にまとめておくことに。

【関連季語】七夕、天の川(銀河・銀漢)流星、月、名月など。


【星月夜】
われの星燃えてをるなり星月夜 高濱虚子
竹の奥井戸ある音の星月夜 久米三汀
流木の胴がかなしむ星月夜 津田清子
風落ちて曇り立ちけり星月夜 芥川龍之介
古井戸の底の光や星月夜 内田百間
ぬかるみのほのかに白し星月夜 寺田寅彦
子のこのみ今シューベルト星月夜 京極杞陽 
星月夜こころに羽搏つもの棲みて 河原枇杷男
若者はみな去ににはかにねむき星月夜 中村草田男
星月夜白き市門のあらびあ海 角川源義
寝に戻るのみの鎌倉星月夜 志摩芳次郎
数へ得む星か東京星月夜 林翔
薩埵(サッタ)王子を泣くほど思ふ星月夜 佐藤鬼房
城のこり栄えゆく町星月夜 成瀬正俊
人生の重きときあり星月夜 稲畑汀子
ことごとく出て相触れず星月夜 鷹羽狩行
ちちははの国に寝惜しみ星月夜 鷹羽狩行
火を焚きて火の粉は火の子星月夜 鷹羽狩行
地の果は海のはじまり星月夜 小林木の実
星月夜家居の夫を窓から見る 池田澄子
星月夜クレー画集の魚はねる 坪内稔典
星月夜波さらさらと時きざむ 朝妻力
国境の検問長し星月夜 石寒太
カジノ裏とびきりの星月夜かな 細谷喨々
死ぬる迄泳ぐ魚や星月夜 広渡敬雄
チェロ弾きのめくる譜面の星月夜 対馬康子
照らし合ふことなき星や星月夜 片山由美子
星月夜四楽章は長過ぎる 稲畑廣太郎
智慧の輪がポケットにある星月夜 松下カロ
父の靴全てを並べ星月夜 櫂未知子
おなじ長さの過去と未来よ星月夜 中村加津彦
星月夜ピアノの蓋の開いてゐる 仙田洋子
返されし雨傘を提げ星月夜 柘植史子
その手摺乗り出しやすく星月夜 近恵
絵葉書の裏は砂漠や星月夜 明隅礼子
この山の奥に星月夜はあるわ 矢野玲奈
星月夜縄文土器にある指紋 矢野玲奈


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