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膝枕ちと汗ばみし残暑かな 桂米朝【季語=残暑(秋)】


膝枕ちと汗ばみし残暑かな)

桂米朝

 桂春蝶独演会に行ってきた。ある世代は先代の顔を思い浮かべるかもしれないが、今活躍しているのは三代目。上方落語は関西弁が気になって話が入ってこないのだが、春蝶だけはなぜか問題なく入ってくるのだ。彼は「桂春蝶の落語で伝えたい想いシリーズ」と冠して毎年新作落語を創作している。今回は俳句的と感じる点があった。

 今年のタイトルは「ハマナスの誓いー昭和二十年八月十八日 ソ連軍から北海道を守った 千島列島占守島における真実の物語ー」。登場人物が予知能力を持つ設定なのだがそれを良いでも悪いでもなく淡々と描いていく。それだけにかえって、大変なものを背負っているのに使命を果たしている凄さをより深いところで受け取ることが出来た。凄い人だという前提の熱演だったら全く別の受け取り方になっていただろう。

 この新作落語シリーズは戦争や精神世界など、30~40分では語り尽くせないテーマが多い。そのためいつも圧倒的なエネルギーを受け取り、帰り道は放心状態になってしまう事が多かった。しかし今回は語り口も描写も柔らかく、その分聴き手が自ら物語に入っていく余白が増えた。圧倒的な時期があったからこそ出来た余白だ。始めから空気の入っていない風船と一度膨らんだことのある風船の柔らかさは異なる。

 主観を入れないこと。余白を大切に。俳句入門書でよく見かけるフレーズだが、その意味を別のフィールドで噛みしめていた。

 それにしても春蝶という芸名は季重なりだ。いつもならそこに心地悪さを感じるはずなのだが、なぜかそう思わないのは春蝶自身に春の季語が二つあっても負けない華やかさがあるからだろう。〈方丈の大庇より春の蝶 素十〉のおかげもあるかもしれない。

膝枕ちと汗ばみし残暑かな 桂米朝

 掲句も季語は二つ入っている。しかしこれは確固たる「残暑」(秋)の句であり、「汗ばむ」(夏)は脇役だ。

 盛夏であれば膝枕などしようとは思わない。そろそろ涼しくなってきたのでと膝枕してみたら少し汗ばんでしまった。こんなところに暑さが残っていたとは。残暑は「秋なのに」という怒りも含んだネガティブな要素のある季語だが、その感情を「ちと汗ばみし」という表現で洒脱に回避している。膝枕も米朝が語るのであれば嫌味がない。

 三代目桂米朝は三代目桂春団治、六代目笑福亭松鶴、五代目桂文枝と共に「上方落語四天王」と称された。当代春蝶は三代目春団治の弟子である。米朝は東京やなぎ句会に参加。「八十八」という俳号を持つので表記に迷ったが、句集に従って米朝とした。米朝の俳句には他にも好きなものがあるのだが、「季」を逸したのでまた別の機会に。

『桂米朝句集』所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


『桂米朝句集』(2011年)はこちらから↓】



【吉田林檎のバックナンバー】

>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人
>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
>>〔9〕なく声の大いなるかな汗疹の児  高濱虚子
>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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